榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

アメリカ人による、アメリカ人のための北朝鮮拉致問題の本・・・【情熱的読書人間のないしょ話(930)】

【【amazon 『「招待所」という名の収容所』 カスタマーレビュー 2017年11月3日】 情熱的読書人間のないしょ話(930)

あちこちで、ススキの穂が風に揺れています。カキがたくさんの実を付けています。ハクサイが収穫されるのを待っています。サルビアが赤い花を咲かせています。キクも頑張っています。

閑話休題、『「招待所」という名の収容所――北朝鮮による拉致の真実』(ロバート・S・ボイントン著、山岡由美訳、柏書房)は、ニューヨーク大学教授がアメリカの人々に向け、北朝鮮による日本人拉致を知らせるために書いた本です。

なぜ拉致が行われたのでしょうか。「拉致はおそらく、朝鮮半島を統一して金日成思想をアジア全域に広め、日本人に屈辱感を与えるという壮大な計画のなかの一部分をなしていたのだろう。そう考えるのが最も妥当だ。『拉致という一見無分別な作戦は語学教師を獲得するには不釣り合いな方法だが、そのように考えるのではなく、拉致被害者や北朝鮮工作員を革命細胞として送り込み、日本を(そしてあわよくば他のアジア諸国をも)不安定化させるという夢と関連づけて見ると、おぼろげながら理解可能になる』と歴史家のテッサ・モーリス・スズキは言う。『訓練を施した北朝鮮の革命分子に行動を起こさせれば日本社会が混乱の渦に陥るという考えも、かつては今ほど牽強付会に見えなかったのかもしれない』」。

「拉致という行為と(北朝鮮)政権がそこから得られたメリットを比較すると、異常なほどちぐはぐな感じを受ける。(蓮池)薫は当初、工作員に日本語や日本の慣習を教えていたが、1987年になると――この年には、逮捕された北朝鮮工作員(=金賢姫)がかつて日本人拉致被害女性(=田口八重子)に日本語を教わったことを告白している――その仕事も終了した。その後は、日本語で書かれた記事の朝鮮語への翻訳が薫たちの主な仕事になった。蓮池夫妻(=薫と祐木子)と池村夫妻(=保志と富貴惠)のもとには、週のはじめに日本の雑誌や新聞――『朝日新聞』、『赤旗』、『読売新聞』、『毎日新聞』、『産経新聞』――の束が届いた。雑誌や新聞には検閲官によって塗りつぶされた箇所があり、翻訳すべき個所にはしるしがついていた」。

「1988年のソウルオリンピックに向けて急ぎ足で準備が進められていたころ、北朝鮮はあらゆる手段を使い、ライバル(=韓国)を妨害しようと目論んでいた。このオリンピックは1964年の東京オリンピックと同じように、韓国が世界の民主主義国の仲間入りを果たしたことを象徴するものだ。その前年、なりふりかまわぬ北は南の評判を傷つけようと大韓航空機を爆破し、乗客全員を殺害した。北朝鮮は事件への関与を否定したが、その言葉使いや必死さから、薫には北朝鮮が黒幕であることがわかった」。

著者は、日本の拉致問題に対する関わり方に苦言を呈しています。「国際レベルではほとんど進展がないにもかかわらず、日本の内政では拉致問題が一定の場所を占拠するようになり、安倍晋三首相と与党自民党は、憲法改正や再軍備への支持を集めるためにこの問題を利用した。もしや拉致問題が国際的係争点のひとつと化し、中国と日本、南北朝鮮のあいだでしじゅう対立を引き起こしている『慰安婦』や竹島/独島、尖閣諸島/釣魚群島、あるいは戦争犯罪の問題と似た扱いを受けるようなことになりはしないだろうか。別の言い方をすると、私は拉致問題が過去の遺憾な出来事のシンボルにされてしまうことを案じている。これまで調査と執筆を行ってきた範囲で確かに言えるのは、(実際の規模はわからないものの)今も大勢の日本人が自らの意思にかかわりなく北朝鮮に留めおかれているということだ。この人たちは生身の人間であり、家族は生死のほどさえ知ることができずにいる。かりにも政治的な得点稼ぎのために被害者の命が犠牲にされるようなことがあるとすれば、それは悲劇と言うほかない。日本の政治指導者の肩にのしかかっているものは、政治以上に重い」。

著者は、解決に向けた提言を行っています。「およそ50年前に起きたハイジャック事件についての免責を『よど号グループ』に保証し、拉致に関する情報を引き出す。日本政府がなぜそうしないのかが、わからない。何人かの拉致被害者の安否につながる手がかりを得るためならば、ひとつの犯罪についての処罰を免除することは正当化できるように私には思える。そうしたからといって拉致問題が解決できるわけではないが、老境に入った被害者の親や多くの日本国民が抱える喪失感をいくらかでも軽くすることはできるのではなかろうか」。