愛人が3人の子を連れて乗り込んできたため、鬼畜が蠢き出す・・・【情熱的読書人間のないしょ話(980)】
寒風に曝されながら散策している人に出会うと、親しみを感じてしまいます。自分たちのテリトリーが確保できる池では、カルガモ、マガモ、オナガガモがそれぞれの仲間と群れています。オオバンが羽ばたいています。ハシブトガラスがパンを銜えています。キジバトは、羨ましいほど夫婦仲がよい鳥です。因みに、本日の歩数は11,015でした。
閑話休題、2017年12月24日(日)に放送されたテレビ朝日の松本清張没後25年記念『鬼畜』は、素晴らしい出来栄えのミステリ・ドラマで、7歳の男の子が必死に父親をかばうシーンでは胸が熱くなってしまいました。原作が傑作であっても、映像化されたものにはがっかりさせられることが多いのですが、これは稀有な例外でした。脚本の竹山洋、監督の和泉聖治、音楽の𠮷川清之、ナレーションの石坂浩二、主演の玉木宏、常盤貴子、木村多江を初め、脇役陣、子役に至るまで、全てが素晴らしいのです。
ドラマを見終わった途端に、原作を読み返したくなり、書斎の本棚から『張込み――傑作短編集(5)』(松本清張著、新潮文庫)を引っ張り出し、収められている『鬼畜』を一気に読んでしまいました。
「竹中宗吉は三十すぎまでは、各地の印刷屋を転々として渡り歩く職人であった」と始まります。
「二十七のときに彼は女房をもった。お梅という女で、働いていた印刷所の住みこみの女工であった。痩せていて、一重瞼の目尻が少しつりあがっているほかは、さして不美人とも思えない。同じ家の住みこみ同士で仲よくなり、雇い主がうるさく言いだしたので、この女を連れて逃げた。自然と夫婦ということになった」。
「下請けながら注文はしだいにふえてきた。そうなると、宗吉も気が乗って、朝から夜の十時ごろまで働いた。職人の機械方一人と、刷版の製版工一人だけで、あとは見習小僧二人というきわめて小人数の経営にした。毎晩のように夜業をした。お梅は気性の勝った女で、自分で機械の紙さしをしたり、ラベルの打抜きをしたり、裁断もした。子供が生まれないから、邪魔になるものはなかった」。
「宗吉が菊代を知ったのは、その時期である。菊代は鳥鍋料理の『ちどり』の女中であった。・・・女はまる顔で額が広く、大きな眼をしていた。髪の毛の赤い難を除けば、皮膚が白く、ぽってりとした男好きのする顔だった。・・・宗吉が、はじめてお春の身体を知ったのは、それから三月ぐらい経ってからである」。
「それから宗吉と菊代(お春というのは店で使う名で、実名は菊代と告白した)の秘密な交渉がつづいた。女房のお梅はまったく気がつかない。気性の勝った女だから、わかったら大事と思って、宗吉は細密な用心を重ねて女と会った。菊代には女房の痩せている身体と違って若い弾力があった。彼は夢中にのぼせた」。
「八年間、宗吉がお梅の眼から菊代を匿しおおせたのは、ふしぎなくらいであった。しかも、三人の子ができていた。上が男の子で七つ、次が女の子で四つ、その下が男で二つであった。家はS市から一時間ばかり汽車で行く町に一軒をもたせた」。
「月に二三度は泊まる宗吉を、菊代はよろこんで迎えた。女房にない色気をこの女はいつまでも持っている。皮膚は彼が『ちどり』で知ったときと少しも変わらなかった。女房の身体には、とうに脂がなくなっていた。上の子は利一、なかの女の子は良子、下の男の子は庄二と名前をつけていた。二つになる幼児は別として、上の二人の子は宗吉が行くと『父ちゃん』『父ちゃん』と呼んでまつわりついた」。
ところが、近所から出た火のために印刷所が類焼してしまい、事態が暗転します。援助が途絶え、生活が苦しくなった菊代が3人の子を連れて、宗吉の家に乗り込んできた時から、「鬼畜」というタイトルに相応しいストーリーが展開されていきます。
極上の作品を、書物と映像で二度味わえるとは、何という幸せでしょう。