30年連れ添っても、不可解な存在であり続ける妻・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1006)】
散策中、小さなかまくらと、大きなかまくらが作られているのを見つけました。2年前の雪降りの後、慌てて求めたレイン・ブーツ(HENRY & HENRY BEN SIDE GORE NERO)が、今回、役に立ちました。軽いだけでなく、足にぴったりフィットして履き心地がよく、昔の長靴とは隔世の感があります。因みに、本日の歩数は12,630でした。
閑話休題、中篇集『老愛小説』(古屋健三著、論創社)に収められている『老愛小説』は、何とも不思議な作品です。
たまたま出会った旧友から、彼の愛の履歴を縷々聞かされているような錯覚に陥ってしまいました。
語り手は、30年前のフランス留学中に、当地で知り合った日本人少女の首吊り自殺に直面し、なぜ死を選んだのか分からず、未だにその衝撃から抜け出せていません。
帰国後、出身大学の語学教員になった語り手は、京都の老舗旅館の娘と同棲を経て結婚するのですが、30年経過したというのに、妻は未だに不可解な存在であり続けているのです。
「三十年連れそってきた古女房にぞくっとおののくというのはずいぶん気のいい話と呆れられるかもしれないが、それほどわれわれふたりの関係は積み重ねが薄いともいえるし、また、妻のふるまいが並外れて風変わりともいえた。最初、妻に惹かれたのも、容姿に目を奪われたからでも、人柄に魅せられたからでもなかった。まわりと溶け合わず、なにかといってはぎくしゃく浮きあがるその不器用さが心にかかり、しこったからである。学者や文化人を常客とする京都の古宿の娘だったが、姉が身を惜しまずにくるくると働いて、二十に手が届いてほころびかけた色気を惜し気もなくばらまいているのに対し、膝をかかえてじっと坐りこみ、純な幼さをむき出しにみせていた。それも考えこんでいる風ではなく、途方に暮れ、放心している態だった。人を寄せつけない、頑な閉じこもりだったが、その日は梅雨にけむる庭を朝からみつめつづける横顔に思いつめた表情が浮かび出ていて、思わず声をかけていた」。
その後の妻のあり様は、語り手が言っているように、風変わりというか、支離滅裂というか、奇想天外というか、ともかく尋常ではありません。その様が綿々と語られていくのです。
それにしても、死の直前の妻の言葉は不気味さを感じさせます。「こわいものみないように守ってあげるよと囁くと、この日初めて京子は笑みをもらした。お姉ちゃんのカレシもそうだけど、男ってみんな甘ちゃんだね。女はね、だれしもね、心のなかに底なしの泥沼を抱えているんだよ」。
長年連れ添っている女房のことは分かっているつもりでしたが、思わず心配になり、「心の中に底なしの泥沼を抱えている?」と聞いたら、怪訝な顔をされてしまいました。