榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

処世訓の古典『菜根譚』に学ぼう・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1106)】

【amazon 『「菜根譚」からはじめる つながらない関係』 カスタマーレビュー 2018年5月2日】 情熱的読書人間のないしょ話(1106)

2匹のクロオオアリが獲物を巣に運ぼうとしています。ウキツリボクの赤い萼の先の黄色い花から雌蕊と雄蕊が垂れ下がっています。チェリーセージ・ホットリップスが赤と白のツートン・カラーの花をたくさん咲かせています。イヌコリヤナギのハクロニシキという園芸品種の薄桃色・白色・緑色の色合いが美しい葉が風に揺れています。因みに、本日の歩数は10,233でした。

閑話休題、『菜根譚」からはじめる つながらない関係――世間に染まらず、世間を生きぬく』(小池龍之介著、青春出版社)は、洪自誠の『菜根譚』から選んだ30項目について、著者が読み解きを行っています。

「人生の中で、逆境や不遇に見舞われ苦労させられる人には、思うに二種類の人がいます。一種類は、文句を言い、あの人のせいだ、この人のせいだと不満を溜めて、心を腐った状態にしてしまう人。もう一種類は、この『菜根譚』の文章の中にあるように、誰にも文句を言わず、心を苛立たせず、逆境も不遇も心を鍛錬するための素材へとひょうひょうと転換してしまう人です。『菜根譚』には、そうした転換を成し遂げるヒントが詰まっているからこそ、日本で処世訓として広く読まれてきたのでしょう」。

「処世にあたっては、世俗に染まってはならない。また同時に、世俗に反したり敵対してもならない。何事かを為すにあたっては、他人を不快にさせてはならない。また同時に、他人に媚びて喜ばせすぎてもならない」。周りに合わせ過ぎるな、と言っているのです。

「外界にとらわれて自らが外界から支配されている者は、逆境に立たされるとすぐに腹を立て、調子のよいときにはその状況に執着するといった具合に、たった一本の毛髪程度の些細なことにも縛られてしまっているものだ」。外界に左右される者は、むやみに落ち込んだり、逆に舞い上がったりしてしまうと、戒めています。まるで、感情の起伏が激しい私のための忠告のようです。

「宴会がまさに盛り上がってきたタイミングで、すみやかに衣をぱっと払って立ち去る。このようにとらわれのない達人が、まるで断崖絶壁の上で手放しでいるようである悠々さは羨ましく思われる。それに比して、夜もすっかり更けてしまったのに、ふらふらと夜遊びして止めようともしない。こんな俗人が、自らを苦しみの海に沈めるのは、苦笑を誘うものだ」。潔く手放すことによって、心の自由が保たれるというのです。それにしても、潔さというのはなかなか身に付きませんね。

「他人に騙されていたとわかっても、それを口に出して言わず、他人から侮辱されても、顔色を変えはしない。この生き方の中にこの上なき意義深いものがあり、また、この上なき精神のはたらきがある」。相手と自分の心を客観的に眺める習慣を身に付けることを勧めているのです。

「つまらない人間を相手にして恨み合ったり憎み合ったりするのはやめることだ。つまらない人間を相手にすると、こちらもつまらない人間になってしまうのだから」。つまらない人間と同じレヴェルに自分を落とす愚を説いているのです。

「うまくゆかない時期の後には、そこから反転して、物事がうまく進むときがくるものだ。それゆえ、望みが叶わないからといって、安易に中途で諦め投げ出してしまうことのないように」。まさに、人生は「禍福は糾える縄の如し」という諺のとおりだということが、この年になると、よく分かります。

「歩みを進めようとするところで、すでに退却することを想像しておけば、勢いよく垣根に激突してしまう災難には、おおよそ遭わずにすむ。何事かに着手しようとする時には、予めそれをやめて手放すことを想像しておけば、虎の背に乗るような危険にははまらずにすむ。虎に乗ると、降りたら喰い殺されかねず、降りられないままに突き進む羽目になるだろうから」。最悪を想定しておけ、というアドヴァイスです。

本書を読むと、『菜根譚』は処世訓というレヴェルを超えて、人生論の域に達していることが分かります。