あの有吉佐和子が、こんなに官能的で面白い小説を書いていたなんて・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1107)】
女房の、ヤモちゃんが来ているわよ、という声に、慌てて書斎からキッチンに急行しました。昨年より大分早いニホンヤモリの登場です。庭の片隅でジャーマンアイリスが咲き始めました。サツキも咲き始めています。バラも小さな桃色の花を咲かせ始めました。散策中、あちこちからバラの芳香が漂ってきました。因みに、本日の歩数は10,682でした。
閑話休題、『悪女について』(有吉佐和子著、新潮文庫)を読んで、3つのことが心に残りました。
第1は、有吉佐和子が、こんなに官能的で面白い小説を書いていたのか、という驚きです。これまで読んできた有吉作品――『雛の日記』、『華岡青洲の妻』、『出雲の御国』、『恍惚の人』、『複合汚染』――とは、まるで雰囲気が異なっているからです。
第2は、謎の死を遂げた美貌の実業家・富小路公子というヒロイン自身は姿を現さず、生前の彼女を知る27人の関係者に対する作家のインタヴューによって、公子の虚実が浮かび上がってくるという作品構成の奇抜さとストーリーテリングの巧みさに、思わず唸ってしまったことです。
その27人は、夜学の同級生(男性)、小学校・中学校の同級生(女性)、公子母子が住み込みで働いた主家の娘、最初の夫、最初の夫の母、公子が住んでいたアパートの住人(女性)、公子が勤めていた宝石店の同僚(男性)、宝石店の経営者の妻、宝石店の経営者、公子の注文服のデザインを担当し続けた高級洋服店チェーンの経営者(女性)、二番目の夫の顧問弁護士(男性)、二番目の夫の母、公子の邸宅の住み込み家政婦、二番目の夫、公子の遊び仲間の元華族の女性、上流階級の女性を対象とした会員組織の事務員(女性)、会員組織の仲間の女性、宝石職人(男性)、公子の掛かり付けの獣医(男性)、公子が経営する富裕層の女性専用会員制フィットネス・クラブの顧客の銀座のバーの経営者、公子の母、公子のテレビ出演を担当したテレビ・プロデューサー(男性)、公子の年下の婚約者のフィットネス・クラブ支配人、公子の長男、公子母子が住み込みで働いた主家の息子、公子の掛かり付けの病院の婦長、公子の次男――という多彩さです。
インタヴューに応じてくれた人の中には、公子を褒め称える、絶賛する人たちがいます。「掃きだめに舞い降りた鶴のように見えた」、「あの人は誰にでも誠実」、「私をよくかばってくれたものでした」、「温和しそうな、もの静かな女だから、それに肌のきれいな色白の女でした」、「義理堅い」、「あの人の性格は、潔癖でした。心の清らかな人だという印象が僕には強く残っています。・・・僕は、女が、しかも彼女のような若さで、人の二倍も働いているのに感動しました」、「金離れのいい、綺麗なお金の使い方をなさる方だったんですのよ。・・・心が美しくて透明な方だった」、「御立派な、心の美しい方」、「いい子だなって思ったよ」、「お肌が白くて、若さが漲っているようでしたもの」、「あんな善良で、優しくて、清く正しいものが好きな女は知らないよ」、「私は大好きだった」、「あの方は本当に人扱いがお上手でいらっしゃいました」、「ママは頭がよかったし、努力家だった」と。
一方、公子を悪く言う人、眉を顰める人もいるのです。「お金(手切れ金)を寄越せと言ってきたんですよ」、「それなのに、主人を飛び越えて、いきなり私に、大きなお腹を見せに乗りこんで来たんですから」、「顔色一つ変えないのだからな」、「女としては恥しいほど、あの人は悪徳の持主でした」、「あんな、とんでもない女」、「関わりあいのない人には面白い話かもしれないけど、たまったものじゃないですよ、関係者は」、「とにかく僕には、母が手塩にかけて僕を育ててくれたという記憶は何もないのです」と。
公子と深い関係にあった男たちの言葉は、かなりあけすけです。「驚いたことに、女房のときはそんなこと感じもしませんでしたが、一人子供を産むと女の躰は変りますな。僕は、情痴に溺れるというのは、このことかと思いましたよ。前より、もっといい女になっていたんです。・・・彼女との関係は、彼女が死ぬ四日ばかり前まで続いていました」、「優しくて、涙もろくて、美しいものが好きな、夢みたいな女でした。抱きしめると溶けてしまうような躰を持っていました」、「彼女の躰がマシュマロみたいに柔かかったことと、肌が滑らかで最高だったのは分りました。・・・セックスの方も、まるで処女みたいで、子供二人産んだの信じられないくらいでしたよ。恥しがりでね。女ひとりでバリバリ働いてるときの大胆さとか、社長として威厳に盈ちて僕らに君臨しているときとは、まるで別人のようでした」、「それからずっと二十年間、彼女が死ぬまで、僕たち二人の関係は続きました。彼女は僕の子供を二人も産みましたし」。
また、公子の死は他殺なのか、自殺なのか気を揉ませながら、最終章まで引っ張っていくミステリ的手法はなかなかのもので、十分愉しめます。
第3は、一度しかない人生なのだから、他人の思惑など気にせずに、生きたいように生きるべきだと、著者が言っているように、私には思えたことです。