小説を読む愉しみは、もう一つの人生を味わえること・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1135)】
我が家のガクアジサイとアジサイが青色を増してきました。散策中、総苞が八重のドクダミを見つけました。普段、見かけるドクダミの総苞は一重です。黄色い花のアルストロメリアを見かけました。よく見かけるアルストロメリアは桃色です。あちこちで、さまざまな色合いのタチアオイが咲き競っています。濃紫色のゼニアオイも咲いています。因みに、本日の歩数は10,461でした。
閑話休題、小説を読む愉しみは、もう一つの人生を味わえること、と考えています。この意味で、短篇集『夜想曲集――音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、ハヤカワ文庫)は、5つの人生を味わうことができます。
とりわけ、印象に残ったのが、「老歌手」という作品です。
イタリアのベネチアで、「私」は、かつて一世を風靡したアメリカ人歌手を見かけ、言葉を交わします。
私がギタリストと知った老歌手から、突然、今夜、協力してほしいと頼まれます。「『われながらちょっとロマンチックなことを企んでいてな・・・女房にセレナーデを聞かせてやりたい。そこで君への頼みだ。わしはこれをベネチア流にきちんとやりたい。つまり、君にギターを弾いてもらって、それで歌うんだ。もちろん、ゴンドラからな。ゴンドラで窓の下に漕ぎ寄せて、上にいるあれのためにわしが歌う。幸いこの近くにパラッツォを借りていて、ちょうど寝室の窓の下を運河が流れている。暗くなれば壁の外灯で辺りがうまく照らされて、実にいい雰囲気になる。ゴンドラにいる君とわしとで、窓辺のあれのために、あれの好きな歌を何曲かやる。夕方はまだ寒いから、長くなくていい。せいぜい三曲か四曲かな。君には十分な礼をするつもりだ。どうかね』」。
「六十男と五十女の夫婦。それが恋する十代の若者のようにふるまう! あまりに愛すべきアイデアに、私はさきほど二人の間に起こったことをほとんど忘れそうになっていた。が、もちろん忘れられるわけはない。ガードナー(=老歌手)が思わせたがっているほど、どうやら物事は単純ではない――私はそれを最初から心の奥底で感じとっていた」。この私の直感は当たっていたのです。27年間、連れ添った夫婦には、特別な事情があったからです。
男と女が愛し合うということの複雑さを思い知らされました。