榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

人間の世界からセックスがなくなる日・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1190)】

【amazon 『消滅世界』 カスタマーレビュー 2018年7月26日】 情熱的読書人間のないしょ話(1190)

散策中に、アオモンイトトンボの雄を見つけました。腹部の第8節が鮮やかな淡青色をしています。ハグロトンボは、よく見ると、腹部が緑色の光沢を放っています。ヤマトシジミが交尾しようとしています。雄の翅表はやや光沢のある水色で、雌の翅表は黒みを帯びています。ゴーヤーの濃黄色に熟れた実が弾けて、赤い果肉に包まれた種が見えています。因みに、本日の歩数は10,795でした。

閑話休題、『消滅世界』(村田沙耶香著、河出文庫)は、人間の世界からセックスという行為がなくなった日々を描いた近未来小説です。

人工授精技術が飛躍的に進歩した世界は、現在の世界とはあまりにも懸け離れていて、説明するのが難しいが、この物語の主人公・雨音(あまね)と、その母親が交わす会話によって、少しはイメージすることができるでしょう。母親は、昔どおりの「愛し愛されて子供を産む世界」に未だに拘っている稀少人間なのです。

「前の夫と別れるとき、母は夫の味方だった。そのことが思い起こされ、『じゃ、朔くん(雨音の現在の夫)が待ってるから』とすぐに帰ろうとした。私の一挙一動を見ながら、母が薄く笑った。『それにしても、家の中の性欲が、こんなに罪に問われるとはね。私は朔さんより、前の人(雨音の前夫)のほうが好きだけれど。今でもあんたの意を惹こうと必死で、いじらしいじゃない』。『どこがよ。妻を犯そうとしたのよ。変質者よ』。かっとなって答えると、母がさらに黄ばんだ歯を見せて笑った。『昔はね、朔くんみたいによそに女を作るほうが、ずっといけないことだったのよ。妻とセックスするくらいいいじゃない。あんただってそれで生まれたのよ』。『今は違うわ! 結婚するときは、絶対に互いを家族として扱うこと、つまり性的な目で見たり恋愛対象にしたりしないことを誓い合うのよ。それを破るのは酷い裏切りよ』。『まさか、夫婦でセックスするのが近親相姦と言われる時代が来るとはね。昔は兄妹だって結婚したのよ』。『知ってるよ。でも言葉の意味は変わってく。私たちの常識だってもうとっくに変わってるの。広辞苑で調べてみて。近親相姦の欄に、『夫と妻など、家族間で性交渉をすること』ってちゃんと書いてあるから』。『昔は、アニメーションの男の子と恋をするほうがよっぽど変態だったのよ』。『変態でけっこう。どんな時代に生まれていようが、私はヒトとも、ヒトでないものとも、公平に恋をするわ。恋は、変態であることを引き受ける勇気のことを言うのよ』。・・・母の部屋には昔の書物や恋の話の古い映画のパッケージがぎっしりと並んでいる。まだヒト同士が直接交尾をして子供を産むのが当たり前だったころのものばかりだ。今と感覚が違いすぎて、こんな古めかしい恋愛映画を観ているのは母くらいだ。人工授精が飛躍的に発達する前、戦前や戦時中の映画がほとんどなのでフィルムも古く、内容も単調なものが多い」。

今や、人工授精を拒否し、夫婦間でセックスすることは、犯罪扱いされる時代なのです。

身の毛がよだつだけでなく、改めて、セックス、性欲、恋愛、恋人、家族、子供について考えさせられる小説です。