奴隷貿易はアフリカにどのような影響を与えたか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1191)】
昨夜は、月の南西方向に明るい火星が見えました。7月31日の大接近が楽しみです。グラジオラスが朱色、薄紅色の花が目を惹きます。ユリの園芸品種、オリエンタル・ハイブリッドのマルコポーロが木陰で涼しげに咲いています。クレオメ(セイヨウフウチョウソウ)が薄紫色、白色の花を付けています。あちこちで、さまざまな色合いのオシロイバナが咲き競っています。因みに、本日の歩数は10,972でした。
閑話休題、『歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史』(ジャレド・ダイアモンド、ジェイムズ・A・ロビンソン著、小坂恵理訳、慶應義塾大学出版会)には、比較、計量的手法、統計などを駆使した、歴史に関する自然実験(比較研究法)に基づく7つのケース・スタディが収録されています。
私が注目したのは、「イースター島はなぜ破壊されたのか――島々の比較」と「奴隷貿易はアフリカにどのような影響を与えたか」です。
イースター島の破壊について。「この問題の根底には、イースター島のポリネシア人が木を伐採したり燃やしたりした結果、島の何十もの樹木種がほぼ根絶やしにされたという事実が存在している。調理の燃料、暖房用燃料、カヌー、建築材料、ロープ、肥料、彫像(巨大な石像)を運んで設置するためのそりやレバーは、いずれも木や木材から作られる。それなのにこのような行動をとるとは、住民は実に近視眼的な印象を受ける。大々的な森林破壊の結果、イースター島では内乱が発生し、住民は飢えに苦しみ、人口が激減して政治組織は分解した」。しかし、ポリネシア人とルーツを共有する2つの集団、すなわちメラネシア人とミクロネシア人は、太平洋の他の何百もの島々に入植しても、イースター島のような悲惨な結果を招かなかったのはなぜか――というテーマに挑戦したケース・スタディです。
研究結果が明らかにしたのは、実に意外なものでした。「イースター島で森林破壊が進んだのは、住民が特に近視眼的で、(巨大な石像といった)風変わりな行動をとったからではない。不運にも、太平洋で最も壊れやすい環境の島に住みついたからだ。厳しい環境のなかで、木の再生率はどこよりも低いレベルにとどまった。大規模なデータベースを統計的に定量分析しなければ、このように複数の原因が関わる複雑な問題の解明は不可能だろう」。すなわち、イースター島は他の島々に比較して、不幸なことに、森林破壊が進み易い条件が最も揃った島だったというのです。
アフリカの奴隷貿易について。アフリカの歴史は奴隷貿易と密接に結びついています。アフリカ大陸は4つの大がかりな奴隷貿易を経験しているが、連れ去られた奴隷の数は、400年間で1800万人にも上ったのです。
「(研究者が集めた)証拠からは、奴隷貿易がその後のアフリカの経済発展に悪影響をおよぼしたことがわかる。1400年から1900年にかけてアフリカの様々な地域から連れ去られた奴隷の推定値を使うと、アフリカでも特に多くの奴隷が連れ去られた地域は、今日のアフリカで最も貧しい地域であることが確認される。奴隷貿易の影響は驚くほど大きかったと言えるだろう。最大の推定値によれば、奴隷貿易が行われなかった場合、アフリカ諸国の所得の平均値は、ほかの途上国と同じレベルだった。つまり、アフリカは今日のように世界で最も貧しい地域にはならなかったのだ。結局、(この研究で)得られた結果は、4世紀にわたってさかんに行なわれた奴隷貿易が、今日のアフリカの発展を遅らせた大きな原因であることを暗示している」。すなわち、奴隷貿易が行われなかったならば、今日のアフリカは世界の他の途上国と同じ程度の所得平均段階にあり、最貧国にはならずに済んだというのです。この研究結果には、本当に驚かされました。