ファーブル、ゲーテ、ランボー、バルザック――興が尽きない対談集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1327)】
バナナが花と実を付けています。砲弾のように見える赤茶色の苞がめくれると、その付け根に黄色い花と小さな実が並んでいます。その小さな実は、後ろに見える実のように日に日に大きくなっていきます。ゴードニアラシアンサスが白い花を咲かせています。ルクリア(アッサムニオイザクラ)のココという品種の薄桃色の花が芳香を漂わせています。トキワサンザシが赤い実をびっしりと付けています。因みに、本日の歩数は10,367でした。
閑話休題、『本と虫は家の邪魔――奥本大三郎対談集』(奥本大三郎著、青土社)は、『ファーブル昆虫記』の翻訳で知られる奥本大三郎の対談集です。かつて昆虫少年、そして、現在も昆虫大好き人間である私にとっては堪らない一冊です。
アーサー・ビナードとの対談では、こういうことが語られています。「●ビナード=(ファーブルは日本では人気があるのに)一般のフランス人もアメリカ人も知らない! ただ、あの『昆虫記』は知る人ぞ知る名作で、フランスの文学者たちはみんな愛読していますよね。●奥本=そうなんです。プルーストにも出てきますよ」。
阿川佐和子との対談でも、ファーブルが話題に上ります。「●阿川=奥本さんたちの会の元になったアンリ・ファーブルさんがお書きになった『ファーブル昆虫記』は、日本では少年時代に読んでいない子はいないぐらいのロングセラーですけど、本国のフランスの子どもたちは? ●奥本=誰も知らない。●阿川=エエーッ!? ●奥本=というと語弊があるけど、知ってるのは南仏のインテリの大人、少数のフランス人だけ。今は向こうでもファーブルがかなり再評価されてますが、それには日本の影響もあるんですよ」。
「●阿川=奥本さんのエッセイを読んで面白かったのは、ファーブルと同じフランス人が実は虫音痴なんだと。●奥本=ホントに虫音痴ですよ。アメリカ人もそうじゃない? カブトムシとゴキブリの区別がつかないんですよ。●阿川=フランス人にセミの鳴き声はどんなふうに聞こえるのか興味が湧いて訊いてみたら、『うるさいだけだ』って言われたとか。●奥本=最初はぼくが何を言ってるのか意味も分かんないらしくてね。ずーっと考えて『そんなの言葉で表せない』って、すっごい困ってた。●阿川=考えたこともなかった。●奥本=パリの人間に『シガール』(セミ)って言ったって、何のことか分かんない。ロアール川から北は冬の地中温度がセミの幼虫が生きられるほど暖かくなくてパリにセミはいないから。イギリスにも小さいのが1種類しかいないし、しかも鳴かないから、イギリス人も知らない。●阿川=ヨーロッパ全体として、セミ以外の昆虫に対する関心は・・・。●奥本=ほとんどありませんね」。
茂木健一郎との対談でも、ファーブルの話で盛り上がります。「●奥本=ナポレオン3世のときに、ヴィクトール・デュリュイという文部大臣がいて、彼がファーブルを見出して、ナポレオン3世の皇太子の家庭教師を頼んだりしている。結局は断るんですけれど、そういう人に評価されたこともファーブルには幸運だった。●茂木=ファーブルは教えるのがうまかったというか、情熱を傾けて教えたそうですね。●奥本=教えるのは非常に上手だったんですね。独学者ですから、当時よくあったように権威を保つためにことさら難しい言葉を遣うというのではなく、分かりやすい言葉で説明する。それで教科書がよく売れるんです。科学啓蒙書も含めて100冊くらい書いています。●茂木=ということは、アカデミズムの中心からは外れているかもしれないけれども、フランス国内でかなり目立つ存在だった」。
養老孟司との対談では、ファーブルとゲーテに話が及びます。「●養老=完訳があるのは日本だけで、しかもこれまでに3種類あって、奥本さんのが4つ目になるわけですね。これは日本人のファーブル好きの証だけれども、ファーブルはフランス本国ではそれほど読まれていないわけでしょ。本国で必ずしも流行らないで日本で流行る人というのは、ファーブルとゲーテですね。●奥本=ゲーテもドイツ本国ではそれほど人気がないんですか。●養老=有名な割にはあまり読まれていない。ドイツの新聞に、『ゲーテは日本人か』という記事が出たことがあったほど、日本人のゲーテ好きは不思議に見えるらしい。ゲーテも解剖とか自然が好きだった。そういうのがやはり日本の文化と合うんですね。ファーブルのような観察というか、感覚で世界をとらえるというのはヨーロッパでは少なかった。一方、日本人はそれが得意というか、そういう自然のとらえ方は当たり前だから、ゲーテやファーブルに親近感をもつわけですよ」。
鹿島茂との対談では、アルチュール・ランボーが取り上げられています。「●鹿島=この前出版社の人から聞いて驚いたんだけど、いまだにフランス文学の研究書でいちばん売れているのはランボーなんですってね。●奥本=そりゃ、ランボーの研究書はどれも面白いもの。●鹿島=ランボーが砂漠に旅立った年齢ぐらいになると、普通ランボーもランボーの研究書も読まなくなるじゃないですか。結婚してからもずっとランバルディアンであり続けるのは、とても難しいことでしょう、奥本さんは例外ですが。●奥本=そりゃぼくはフランス文学に『イノチガケ』じゃないもの。いわば好きでやってるだけで。ランボーやる奴は『俺がランボー』って感じで、小林秀雄の亜流みたいな文章書くんだけど、ぼくははじめから一読者として読んでるし、それでこの齢になると、かえってランボーがよく解る気がするよ。ランボーについて語学的に一番よく読んでおられるのは、篠沢秀夫さんだね。小林秀雄がどんなふうに誤解したか、文法的なところからきれいに解明している。ランボーの表層解釈とおっしゃっているけれども、語句や文章の解釈という点では実にすごい。●鹿島=フランスでごく日常的に使われている言葉は、やはりランボーの詩の中でも日常的な使われ方をされてるんですよね。それが小林秀雄だと、そこに世界をすべて凝縮して読んじゃうから。●奥本=『存在と無』なんていうときのエーテルという、単なるbe動詞みたいな言葉を、ものすごく深刻な意味にとらえたりする人がいるよね。藤沢さんにはそういう誤解はない。最近出た『フランス三昧』は新書だけど、教わるところがいっぱいあった。学生時代にああいう講義を受けたかったね」。二人の小林秀雄に対する皮肉は痛烈です。私も、『フランス三昧』を読みたくなってしまいました。
バルザックも登場します。「●奥本=バルザックというのは、いきなり金銭の世界に入り込んでいくでしょう。『ゴリオ爺さん』の娘たちなんか、許せないよね(笑)。●鹿島=フランス文学というのは、世界でもっとも利にさとい国民が書いた文学なんですね。バルザックは特にそう。書いてあるのは金のことばかり。●奥本=むしろ中国人の方がよく分かるんじゃない。『金瓶梅』だって、色と欲だけだもの。●鹿島=バルザックは中国では非常に人気があって、大偉人ということになっています」。