榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

無学だが、働き者で、信心深く、並外れて心優しい召使い女の一生・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1378)】

【amazon 『三つの物語』 カスタマーレビュー 2019年1月27日】 情熱的読書人間のないしょ話(1378)

「罔談彼短(ぼうだんひたん。他人の欠点をあげつらうな) 靡恃己長(がじきちょう。自己の長所を誇るな)」という書を見て、身の引き締まる思いがしました。節分が近づいてきましたね。因みに、本日の歩数は10,131でした。

閑話休題、『三つの物語』(ギュスターヴ・フローベール著、谷口亜沙子訳、光文社古典新訳文庫)は、3つの物語で構成されているが、「素朴なひと」がとりわけ印象に残りました。

「半世紀にわたって、ポン・レヴェックの町の奥さまがたは、(地主の)オーバン夫人を羨んだ。召使いのフェリシテがいたからである。フェリシテは、年に100フランの報酬で料理と家事のすべてを引き受け、針仕事をし、洗濯をし、アイロンをかけ、馬に轡もつければ、家禽の肥育にも怠りがなく、バターの作り方まで心得ていた。そのうえ、女主人には変わることなく忠実であった――女主人はそれほど感じのよいひとではなかったのだけれど」。

「屋根裏にあるフェリシテの部屋には、光を採る小窓があり、そこから牧場を見渡すことができた」。

「(フェリシテは)やせた顔をして、声は高かった。25歳の時には40歳に見え、50歳をすぎると、年齢がわからないようになった。いつも物静かで、背すじをぴんとのばし、控えめな挙措で立ち働くその様子は、機械仕掛けで動く木製の女を思わせた」。

無学だが、働き者で、信心深く、心優しく、周囲の人間やペットの鸚鵡(おうむ)に並外れた愛情を注ぐフェリシテの一生が淡々と描かれていきます。

「(大病後の)フェリシテの頭のなかの狭い世界は、ますます狭まっていった。教会の鐘の音も、牛の鳴き声も、もう存在しないのと同じだった。命あるものはすべて、幽霊のように、音もなく動いていた。フェリシテの耳に届くものといえば、唯一、鸚鵡の声だけだった」。

「その時、ふいに心細さが込み上げてきた。つらいことばかりだった子供時代。ひどい終わりかたをした初恋。(愛する甥)ヴィクトールの船出。(可愛くて仕方なかったお嬢様)ヴィルジニーの死。すべてが押し寄せる波のように、いっぺんに思い出されて、胸がしめつけられた。喉がつまった」。

「(聖体祭の)香炉の青い煙が、フェリシテの部屋までのぼってきた。フェリシテは鼻孔を上に向け、神秘的な官能にひたされながら、それをかいだ。瞼を閉じ、口元に微笑みを浮かべた。心臓の鼓動は、少しずつゆっくりになり、一打ちするごとに弱く、水が止まる直前の噴水のように、穏やかになっていった。木霊が消えていくときのようだった。最後の息を吐き出した瞬間、フェリシテは、空が開かれてゆくところを見たように思った。そこには、とほうもなく大きな鸚鵡が、自分を包み込むようにして、羽を広げていた」。

この世には、さまざまな人生があることを、改めて思い知らされました。人生とは何か、幸福とは何かを考えさせられる作品です。