榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

さまざまな人生の晩節が生々しく描き出されている松本清張の短篇集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1547)】

【amazon 『男たちの晩節』 カスタマーレビュー 2019年7月13日】 情熱的読書人間のないしょ話(1547)

ネムノキが桃色の花を、ウコンが白い花を、カンナが朱色の花を、メマツヨイグサが黄色い花を、サフランモドキ(ゼフィランサス・カリナタ)が桃色の花を、マツバボタンが紫色の花を咲かせています。あちこちで、ムクゲも頑張っています。因みに、本日の歩数は10,469でした。

閑話休題、男たちの晩節をテーマにした短篇集『男たちの晩節』(松本清張著、角川文庫)に収められている『いきものの殻』は、身につまされました。

R物産の元総務部長・波津良太は、毎年開催されるOB会への出席を楽しみにしています。今年のOB会では、昔のライヴァルが重役に昇進できずに退職したことを知り、溜飲を下げます。そして、かつては物の数に入らなかった部下が経理部長に出世しているのを見て、自分たちの時代が完全に過ぎ去ったことを悟ります。

「あれほど、ばりばりと活躍した(ライヴァルだった)男が、今は老いた落伍者の群れの中に墜ちて来たのだ。自負心の強い佐久間だけに、沼津に正面から会うのを嫌がっている」。

「停年で辞めた社員達の会合に社長も専務も期待することは何も無いのである。この二人の祝辞の表情も格別熱心ではなかった。明らかに老人の集まりの席に義理に顔を出して、祝辞というより慰安の言葉を述べているだけだった」。

「(『部長』と呼びかけられて)『やあ』。波津は振り向いて言った。淵上欣一というかつての部下だった。まだ波津が総務部長をしていた頃、主任クラスだったのだ。・・・自分の口から思わず、君等の時代になったね、と言ったが、それは時代が過ぎた老朽者の言葉になっていた」。

「波津は(タクシーの中から)走ってくる街を眺めながら、今日の『社人会』には、出席するのではなかったと思った。毎年、こういう後悔をくりかえしている。しかし通知が来ると、つい、ふらふらと出て了(しま)う。一つは、『社人会』の資格が、在社時に次長以上という規約があるせいかもしれなかった。つまり、この特権意識と、帰りに貰う土産ものとが、彼を会合に向かわせている唯一の動機であった。会場で、ただの酒と料理に手を出している間はよいが、きまって、あとで不快のたねになるようなことに、一つや二つは必ず出合った。来年こそ出ないぞ、と思うのは、いつものことであった」。

この作品は、こう結ばれています。「波津は呆然としてかつて三十年も勤めたこの建物を見上げた。照明効果に見とれたからでもなく、自分の古巣に感慨を起したからでもなかった。建物が、いつまでも生きている生物にみえたのである。この内部で働いている人間は年々に老いて辞め、死んでゆく。しかし、この建物だけは、会社創立よりすでに六十年になるが、生存機能を停止することを知らない。これからも何十年か、百何十年かを生きるかもしれない。その間に、何千人という人間が、この内部で栄養を吸い取られ、吐き出されて斃死することであろう。人間は死んでゆくが、この建物ばかりは、栄養にふくらみ、動脈に赤い血を殖やしてゆくように思われた。波津は、夜の闇にくっきりと綺麗な色で浮き出ている自分の半生を勤めたこの建物が、なにか妖性に見えた。彼は駅の方へ走り出した」。

さすが松本清張、サラリーマンの心理と企業の本質を生々しく描き出しています。