榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

詩は、不思議な力を秘めている・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1593)】

【amazon 『あふれでたのは やさしさだった』 カスタマーレビュー 2019年8月28日】 情熱的読書人間のないしょ話(1593)

トケイソウ、ヒャクニチソウ(ジニア)をカメラに収めました。サルスベリも頑張っています。因みに、本日の歩数は10,441でした。

閑話休題、『あふれでたのは やさしさだった――奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』(寮美千子著、西日本出版社)を読むと、詩は不思議な力を秘めている、と実感させられます。

「空が青いから白をえらんだのです」。このたった一行の「くも」という題の詩は、普段はあまりものを言わないDくんが書いたものです。体が弱く、いつもおとうさんに殴られていて、6年前に死んだおかあさんの最期の言葉が、「つらいことがあったら、空を見て。そこにわたしがいるから」だったのです。朗読後、この詩が仲間たちの心に届いたと感じた瞬間、Dくんの固く閉ざされていた心の扉が開いたのです。

本書には、奈良少年刑務所の更生教育の一環、「社会性涵養プログラム」が数々の困難を乗り越えてきた軌跡が克明に記されています。入所者は、家庭では育児放棄され、周りに手本となる大人もなく、学校では落ちこぼれの問題児として教師からもまともに相手にしてもらえず、かと言って福祉の網の目にはかからなかった、そんな一番光の当たり難い所にいた子供たちが多いのです。従って、情緒が耕されていず、荒れ地のままなのです。

「わたしに根本的なことを教えてくれた。それは、だれかが『これは詩だ』と思って書いた言葉があり、それを『これは詩だな』と受けとめる人がいたら、その瞬間、どんな言葉でも『詩になる』ということだ。そして、それは書いた人の人生を変えるほどの力を持つことがあるのだ。・・・言葉の本来の目的は、人と人をつなげることだ。言葉を介して、互いに理解しあい、心を受けとめあうことだ。どんなに稚拙なものでも、そのとき、その言葉が、その場にいる人々の心に届き、響きあうのであれば、言葉としての役割を充分に果たしていることになる。それこそが、言葉のいちばん重要な使命であり、大切なことなのだ。たとえその言葉に、普遍性のかけらもなかったとしても、少しも構わないのだ。だって、その言葉は、すでにこの地上で人と人をつなぎ、喜びを生みだしているのだから。言葉として、それほど誇らしいことがあるだろうか。彼らは、たくさんの大切なことを、わたしに教えてくれた。彼らが変わっていくように、わたし自身も変わっていった。・・・わたしは、重い罪を犯した受刑者たちに、育ててもらった。ありがとう。固く閉ざされた心の扉が開かれたら、あふれでてきたのはやさしさだった」。

本書を読み終わって、感じたことが3つあります。その第1は、少年受刑者たちの更生を願って、こんなに多くの人たちが熱意を持って取り組んでいるということ。その第2は、詩というものが、氷のように冷たく凝固した心を溶かす力を持っているということ。と言っても、これはそう簡単なことではありません。奈良少年刑務所では、これまで詩に接したことのない入所者のために、十分な配慮がなされています。①絵本を読む、②それを朗読劇として演じる、③金子みすずやまど・みちおの詩を読んで、感想を述べ合う、④詩を書く、⑤その詩を朗読し合い、感想を述べ合う――という段階を踏んでいるのです。その第3は、私も彼らのような家庭環境で育っていたら、同じような道を辿っていたかもしれないということ。