榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

一介の平議員でありながら党首選に立候補したサッチャーの勇気ある決断・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1710)】

【amazon 『マーガレット・サッチャー――政治を変えた「鉄の女」』 カスタマーレビュー 2019年12月21日】 情熱的読書人間のないしょ話(1710)

我が家の庭の餌台に、毎日、メジロ、シジュウカラがやって来ます。クリスマスが、いよいよ近づいてきましたね。因みに、本日の歩数は10,423でした。

閑話休題、『マーガレット・サッチャー――政治を変えた「鉄の女』(冨田浩司著、新潮選書)は、力の籠もったマーガレット・サッチャーの評伝であるが、サッチャーに肩入れすることなく、その人物と政治行動の長短を冷静かつ客観的に記述しています。

本書を読んで一番強く感じたことは、人は誰でも、一生の間に何度か訪れるチャンスを生かせるか否かによって、その後の人生が方向づけられてしまうということです。この意味で、まだ一介の平議員に過ぎなかったサッチャーが保守党首選に出馬し、大方の予想を裏切って勝利した時の、サッチャーの勇気ある決断が目を惹きます。

「彼女(サッチャー)が(党首選に出馬の)腹を固めたタイミングがいつであれ、立候補の決断が極めて勇気あるものであったことに異論はあるまい。バックベンチャー(平議員)の間の不満の高まりはあっても、(現党首の)ヒースの党内での力は依然として圧倒的なものと見られていたし、サッチャー自身は、いまだ重要閣僚ポストについたことのない『軽量級』の政治家で、しかも女性である。(夫の)デニスが彼女に『お前はヒースに殺されるぞ』と言ったのは、無理もないことである。(サッチャーの)回想録にもあるとおり、サッチャーの勇気ある決断は党と国家の将来を憂慮する強い思いに基づいたものであったが、あえて想像を逞しくすれば一定の政治的計算が働いていた可能性もある」。

「選挙キャンペーン中はマネタリズムといった複雑な政策論は避け、保守党の伝統的な価値――あるいは彼女が言うところの『中流階級の価値』――への回帰という単純、明快なメッセージを繰り返し発信した。・・・それ自体は特に目新しいものではなかった。しかし、ヒース体制の下で党が方向性を見失ったと感じるバックベンチャーや草の目の支持者にとっては、こうした『当たり前の価値』を取り戻すという彼女のメッセージは強い説得力を持った」。

サッチャーは党首選で勝利したものの、その党内基盤は強固ではありませんでした。「しかし、同時に、この選挙を通じサッチャーは偉大な指導者に成長するために必要ないくつかの資質を示した。一つは、圧倒的に不利な状況の中で立候補を決断した勇気である。そして、もう一つは、バックベンチャーや草の根の党員を含め、党内にどのような風が吹いているか察知し、これを自分への追い風となるよう利用していく政治的勘である。この二つの資質は彼女のその後の政治家人生においても重要な資産として機能していく」。

「フォークランド戦争はサッチャーが政権発足以来直面した最大の試練であり、この戦争に勝利することで長期政権の礎が固まった」。

サッチャリズムとは、何であったのでしょうか。「この問いかけに単純な答えはないが、筆者は、それはイデオロギーでも、政策の体系でもなく、一つの政治的態度であったと考えている。・・・サッチャリズムの下で追求された政策、具体的には財政赤字の削減、減税、国営企業の民営化、規制緩和、公共サービスにおける市場的解決の導入などは、全体として『サプライ・サイド』の経済政策と性格付けることは可能かも知れない。・・・サッチャリズムの成功の背景に彼女の強い政治信念があったことは言うまでもないが、同時に留意すべきは、彼女が本質的には政治的な計算に敏感で、慎重な政治家であったことである」。ともあれ、サッチャーによる改革努力がなければ、イギリス経済が戦後の長期的停滞を克服することは困難だったのです。

「また、国際的に見ても、サッチャーの首相在任当時から民営化や規制緩和を始めとするサッチャリズムの取り組みは国際社会の幅広い関心を集めた」。

著者は、サッチャーという人物をこう結論づけています。「いくつかの資質においてサッチャーは常に一貫し、曖昧さを示すことはなかった。そうした資質とは、政治的確信の深さ、一貫性、職務へのコミットメント、エネルギーなどであり、彼女が変革の指導者として成功した理由はこうした資質に求められる。そして、筆者が結論的に最も強調したいのは、彼女の圧倒的な真摯さである。・・・筆者が何よりも感銘を受けるのは、政治家としての知的真摯さである」。

読み終わって、現在の日本の政治家たちとのあまりの格差に溜め息が漏れてしまいました。