38歳の女性が、はす向かいの解体されつつある古くて大きな家で体験した不思議なこと・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1830)】
レンゲツツジが橙色の花を咲かせ始めています。ムベ、ブルーベリー、クレマチスの花が咲いています。ライラック(リラ)、フジの花が芳香を放っています。我が家の庭でボンザ・マーガレットが咲き始めました。
閑話休題、短篇集『ウィステリアと三人の女たち』(川上未映子著、新潮社)に収められている『ウィステリアと三人の女たち』は、正直言って、私好みの小説ではありません。作家が読者に何を伝えたいのかがはっきりしている作品でないと、私はいらいらしてしまうからです。
29歳の時、32歳の夫と結婚した「わたし」は、結婚生活9年目を迎え、夫に不妊治療への協力を頼むが、すげなく拒否されてしまいます。「それからわたしたちのあいだで子どもの話題が出ることはなかった。そして夫はわたしをセックスに誘わなくなった」。
わたしは、はす向かいの角地に建っている古くて大きな二階建ての家が壊されていくのを、二階のキッチンの窓から眺めています。
「(解体)工事の音が聞こえなくなったことに気がついたのは、三月の最後の週だった」。気になって、その家を訪れたわたしは、そこで数々の不思議な出来事に遭遇します。なぜか、そこに登場する女たちとわたしが一体化してしまうのです。
夢か現と幻か、数十年に亘る、複雑に絡まり合った出来事を体験したわたしは、激しい寒気を覚えて覚醒します。「どんなふうに家屋を出て、瓦礫が積みあがるぬかるんだ敷地を歩いて家に着いたのかわからない」。
「『何があったんだよ』。夫は見たことのないものを見るような目でわたしを見ていた。声は震え、表情は硬くこわばり、無意識のうちに後ずさりをして棚にぶつかったことにも気がつかないみたいだった。わたしは夫の顔をまっすぐに見た。瞬きもせずに凝視した。これまで威勢よく動きまわってきた口元の皮膚はだらしなく垂れ下がり。媚びとも怯えともつかない目は不安にゆれていた。この男は、こんな顔をしていたのだ」。
ある日、突然、不可解な夢のような出来事に遭遇し、出るに出られぬ迷路に入り込んだような体験をして、これまでの人生が一変してしまう――自分の好みか否かは別にして、こういう暗示的、幻想的な小説が存在してもいいのではないでしょうか。