榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

シャーロック・ホームズに引けを取らない、思考機械と呼ばれる男がいた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1928)】

【amazon 『思考機械(完全版)』 カスタマーレビュー 2020年7月15日】 情熱的読書人間のないしょ話(1928)

インカーヴド・カクタス咲きのダリアが白い花を咲かせています。エノコログサ(写真4)、オオエノコログサ(写真5、6)の穂が風に揺れています。エノコログサはアワの原種、オオエノコログサはアワとエノコログサの自然交雑種と考えられています。

閑話休題、『思考機械(完全版)』(ジャック・フットレル著、平山雄一訳、作品社、第1巻・第2巻)は、第1巻・第2巻合わせて厚さが9.5cmもある短篇推理小説集です。

思考機械シリーズの著者、ジャック・フットレルは、エラリー・クイーンや江戸川乱歩らから高く評価された推理小説作家だということを、本書で初めて知りました。

さらに驚いたことに、フットレルは、タイタニック号遭難事故の被害者で、37歳でこの世を去っているのです。「1912年に起きた有名なタイタニック号遭難事故に、フットレル夫妻は遭遇したのである。イギリスの出版社との交渉に出かけた帰り道だった。ジャック・フットレルは妻のメイを救命ボートに乗せて、自らは沈みゆく船と運命をともにした。彼の船室には思考機械シリーズの原稿が数篇あったといわれているが、もちろんそれらも海中に消えてしまったのである」。

第2巻に収められている『救命いかだの悲劇』は、フットレル没後、雑誌に掲載された際、このように紹介されています。「ジャック・フットレルは、悲劇に見舞われたあのタイタニック号に乗船する以前に、このシリーズを書き始めました。他の何百という気高き魂と同じように、彼は女性や子供たちに生き延びてほしいと願って犠牲となりました。実に奇妙な偶然の一致ですが、大洋の悲劇の犠牲となった勇気ある男は、シリーズの最後の作品として、定期客船の遭難を描いていたのです。しかも、この物語のハイライトは『雨風が打ちつける霧で一寸先も見えない海、まさにタイタニック(巨大なる)水の混沌であった。そしてその混乱のまっただ中に、3人の人間がしがみついている小さな救命いかだがあった』というものです。著者がこの『タイタニック』という聞き慣れない言葉を使っているのを見て、さぞ驚かれたことでしょう。『思考機械』のことはご存じと思います。彼は、論理によって謎を解く名探偵です。残念ながら『思考機械』の著者とはお別れですが、彼が書いた最後の作品を『ボピュラー・マガジン』に掲載できるのは、せめてもの慰めであります」。

本篇の主人公、ピーター・オードウェイは、金融街で金貸しをしている70歳の金持ちで、狡猾で貪欲な仕事ぶりで知られています。「100万ドル!」とだけ記されたカードが、4日続けて送り付けられてきたため、オードウェイは探偵に調査を命じます。そして、「重要な手紙類をすべて、今夜8時に自宅に持参せよ。アップタウンに来る途中で、性能のいい拳銃と弾丸を買ってこい」と秘書フレデリック・ウォールポールに命じます。

「しなびた肉体に卑しい魂をつなぎ止めていた細い糸は、その晩彼に命中した弾丸によって断ち切られてしまった」。呆然と遺体を見下ろすばかりのウォールポールが逮捕され、裁判で死刑判が下されてしまいます。「そのときになって初めて『思考機械』――またの名をオーガスタス・S・F・X・ヴァン・デューセン教授、Ph.D(哲学博士)、F.R.S.(王立学会特別研究員)、M.D.(医学博士)、LL.D(法学博士)などなどの称号を持つ論理家にして分析家、科学界の大立て者――が、その気難しい天才の頭脳をこの事件に振り向けたのだった」。ウォールポールの処刑予定日の5日前のことでした。

若き友人ハッチンソン・ハッチ記者の協力を得て、思考機械は真犯人を捕らえ、ウォールポールは釈放されます。思考機械の鮮やかな推理は、どうしてどうして、シャーロック・ホームズに引けを取りません。

第1巻に収められている『十三号独房の問題』は、思考機械シリーズの第1作で、フットレルと思考機械の名を高めた作品です。

「世間では、ヴァン・デューセン教授は思考機械と呼ばれていた。それは、彼がチェスで類まれな能力を発揮したときにつけられた新聞の見出しである。その当時彼はまったくこのゲームを知らなかったが、絶対的な論理力をもってすれば、その修業に生涯を捧げてきたチャンピオンをも負かすことができると言い放ったのだ。まさに思考機械である! どんな称号よりも、この言葉こそ彼を表現するのにふさわしいものはないだろう。彼は何週間も何カ月も小さな実験室に籠もり、そこから出てくるやいなや、科学界の同朋を驚嘆させ、世界を大騒ぎさせるのだ」。

友人たちとの議論中に「不可能などというものはない」と反論した思考機械は、厳重に監視されている独房から1週間以内に脱出してみせると言い放ち、即日、チズホルム監獄の死刑囚監房に入ります。

「要するに、十三号独房から外の世界に出て自由になるまでのあいだには、7枚の扉を破らねばならないと、思考機械は考えた」。

もちろん、この科学的脱獄犯は、宣言どおり見事に脱出を果たし、監獄長や友人たちを驚かすのだが、その手口は、現在刑務所に収監されている人たちが参考にするといけないので、ここでは明かさないでおきましょう。