旅の途中で侍の妻が盗人に手籠めにされた事件の真実とは・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2260)】
【読書クラブ 本好きですか? 2021年6月20日号】
情熱的読書人間のないしょ話(2260)
さまざまな色合いのユリが咲き競っています。
閑話休題、『藪の中』(芥川龍之介著、岩波文庫『地獄変・邪宗門・好色・藪の中』所収)は、芥川龍之介が『今昔物語集』に材を得た短篇です。
徒歩の侍と馬に乗った妻が旅の途中で、盗人に襲われる話です。
とろこが、「検非違使に問はれたる(侍の死骸を見つけた)木樵りの物語」、「検非違使に問はれたる(事件の前日、侍夫婦を見かけた)旅法師の物語」、「検非違使に問はれたる(盗人・多襄丸を捕らえた)放免の物語」、「検非違使に問はれたる媼(侍の妻の母)の物語」、「多襄丸の白状」、「清水寺に来れる女(侍の妻・眞砂、19歳)の懺悔」、「巫女の口を借りたる(侍・金澤武弘、26歳の)死霊の物語」が、いずれも食い違っていて、事件の真実は曖昧模糊としています。
侍の妻が盗人に手籠めにされたこと、そして侍が死んだことは確かだが、その経緯は語る者によって大きく異なっているからです。
真実は一つであるはずなのに、人は自分に都合よく語ろうとするものだという生々しい実例が示されています。都合よく語っているうちに、自分にもそれが真実と思えてくることさえあるのが、人間かもしれませんね。