榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

フリーマンの『オスカー・ブロドスキー事件』は、倒叙推理小説の嚆矢・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2326)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年8月30日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2326)

ツクツクボウシの雌(写真1、2)は鳴かないので、なかなか見つけられません。ミンミンゼミの雄(写真3~5)、シオカラトンボの雄(写真6)、ツマグロヒョウモンの雄(写真7)をカメラに収めました。

『ソーンダイク博士短篇全集(Ⅰ 歌う骨)』(R・オースティン・フリーマン著、渕上痩平訳、国書刊行会)に収録されている『オスカー・ブロドスキー事件』は、倒叙推理小説の嚆矢です。

先ず、誰も彼が犯罪者とは思わないだろうが、控え目ながらも相当な収入を強盗という芸当で得ていたサイラス・ヒックラーが、かなり名の知れたダイヤ商で、手広く商売しているオスカー・ブロドスキーを窒息死させて、大量のダイヤを奪う場面が克明に描かれます。

続いて、科学探偵、ジョン・イヴリン・ソーンダイク博士が助手のクリストファー・ジャーヴィス医学博士と共に、この事件を見事に解決する過程が、これまた克明に説明されていきます。その鮮やかさは、かのシャーロック・ホームズの好敵手に位置づけられるでしょう。

エラリー・クイーンが、こう述べています。「フリーマン博士は、謎解き、サプライズ、サスペンスの要素を敢えて放棄する技法に挑戦するほど勇敢な職人だった。彼の剣呑にして高貴な実験は、歴史に残る成功となった。フリーマンの『倒叙』小説は、探偵小説の発展への不朽の寄与であり、そこから現代の優れた犯罪小説の傑作――とりわけ、身の毛のよだつ出来事が悲劇へと至る流れが読者に少しずつ明らかになっていく、純粋に心理学的な研究――も生まれてきた」。

また、「刑事コロンボ」シリーズの生みの親、リチャード・レヴィンスンとウィリアム・リンクは、次のように語っています。「『コロンボ』作品はいずれも、いわゆる倒叙ミステリの形式を用いたものだが、これはR・オースティン・フリーマンという英国作家が今世紀初頭に考案したストーリーテリングの手法である。エラリー・クイーンが『クイーンの定員』という探偵小説の研究書で語っているところでは、フリーマンは次のような問いを提起した。『最初から読者に作者の秘密をすべて教え、犯罪を実際に目撃させ、推理に用いられる事実をみな提供しておくような探偵小説を書けるだろうか?』。この自らの問いに、フリーマンは(短篇集)『歌う骨』という作品に倒叙の手法を採用することで答えを与えた。『コロンボ』のパイロット版2作を制作した時の経験から、我々はこの手法がテレビ番組に使えると直感したのである」。