榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「編集」という作業を考えるヒントが詰まった一冊・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2571)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年5月2日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2571)

ホオジロ(写真1、2)が高木の天辺で囀っています。シオカラトンボの雄(写真3~5)をカメラに収めました。カエルの幼生(オタマジャクシ。写真6~8)がうじゃうじゃ泳いでいます。あちこちで、ヤマボウシ(写真9~12)、ベニバナヤマボウシ(写真13)が咲き始めています。

閑話休題、『編集の提案』(津野海太郎著、宮田文久編、黒鳥社)には、かつて編集者としてひとつの時代を築いた津野海太郎が1977~2001年に書いた文章が収められています。

「編集の実務にかかわろうとかかわるまいと、植草(甚一)さんのしごとのすすめ方、もっといえば、あの人の生き方すべてが、ある種の編集作業だったのではないだろうか」。

「(物理学者の)木下(是雄)氏は『理科系の作文技術』という名著の著者で、ここ30年ほど、マニュアルをふくむ技術文書の日本語表現の質を高めるべく、さまざまな試みをかさねてきた。その木下氏が『本道』というのは、ようするに海老沢(泰久)氏のえらんだ方法が、期せずして『理科系の作文技術』の基本的な主張に合致していたという意味なのであろう。①作業の手順をしっかり観察する。観察したことを正確に順序だてて記録してゆく。②べつの人間が、その記録にしたがって作業を再現してみる。③おなじ結果が得られればよし。もしそうならなければ、そこでつかわれていることばには意味がなかったと判断する。――この単純明快な意味論を欠いては科学者の研究作業はなりたたない。こうした科学者のやり方を、海老沢氏はかれのマニュアルづくりで、そうと意識することなしに踏襲していたことになる。偶然にそうなったのではない。長編第一作の『監督』をはじめ、海老沢氏はこれまでにスポーツマンを主人公にした数おおくのノンフィクション小説を書いてきた。野球、モーターレース、水泳など、じぶんではやったことのない未知の技術のしくみ、人間が道具をつかうしかた、その動作を、書きことばによって再現する能力をきたえつづけてきた。マニュアルを書くにあたって、この能力が有利にはたらいたであろうことは想像にかたくない」。

「渡部昇一の『知的生活の方法』は、講談社現代新書から1976年に出版された。それは一見したところ、その7年まえにでた梅棹忠夫の『知的生産の技術』のかずおおい亜流の一冊であるかのようだ。ただし例によって前者(渡部)には後者(梅棹)にたいする微妙なあてこすりがふくまれている。たとえば読書にかぎってみても、梅棹は『読書をたのしむなどというのは、何か不健康な、倒錯的な楽しみとさえ、感じられてならない』という見解のもちぬしである。本は現実ではないのだから、本にたいするフェティシズムを警戒する。もし読まないですませられるのなら、本など読まないにこしたことはない。登山にせよ探険にせよ、まずなんらかの行動上の課題があって、本を読む。そのための実践的技術を公開するというのが梅棹の『知的生産の技術』が第一の目的とするところだった。・・・では渡部昇一の場合はどうか。かれはここでも『私有権の神聖』を主張し、『知的生活』の質はどれだけ『自分の本』を所有しているかによってきまると説く。『結婚して子供ができたとたんに、知識を愛し、芸術を愛した青年が、一冊もまともな本を買わなくなり、クラシックの音楽会行きもピタリとやめる、などという例は悲しいほど多いのである。知的な生活が細々とでも続いている確実な外的指標としては、少しずつでもちゃんとした本が増えているかどうかを見るのが、いちばん簡単な方法である。大の男が、10年間に一冊も本らしい本を買わなかった、ということは、この人は日常生活のみをやって通したということなので、知的生活はなかったと言ってもよいだろう』」。津野は、渡部の「所有中心の読書」に対する、梅棹の「行動中心の読書」に軍配を上げているが、私は渡部の見解に共感を覚えます。

「古来、『世界の書』――つまり『世界としての書物』という観念は、『書物としての世界』という認識によって裏うちされてきた。私たちが生きている世界はおびただしい標識・記号・文字によってすっぽりおおわれている。私たちはそれらの記号群を一つ一つ読みときながら、この世界に生きている。したがって、この世界こそがまるごと一冊の本なのだという認識ですね。モンテーニュの『この大世界が教科書なのです』もそうだし、デカルトの『世間という大きな書物』もそう。寺山修司が『書を捨てよ、町へ出よう』といったときの町――あれも若いデカルトが読んだのとおなじ種類の『大きな書物』だったのでしょう。そして町や世界を読むには、印刷された本を読むのとは別の読み書き能力がいる」。

知的好奇心を掻き立てられる一冊です。