榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

八面六臂の女スパイが生涯で一番愛したのは、リヒャルト・ゾルゲだった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2572)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年5月3日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2572)

エクスバリー・アザレア(写真1~4)、シーラ・ペルヴィアナ(写真5~7)が咲いています。端午の節句が近づいてきましたね。

閑話休題、『ソーニャ、ゾルゲが愛した工作員――愛人、母親、戦士にしてスパイ』(ベン・マッキンタイアー著、小林朋則訳、中央公論新社)は、ソーニャという暗号名でソ連のスパイとして活躍したウルズラ・クチンスキーの評伝です。

上海でリヒャルト・ゾルゲにスパイにスカウトされたウルズラは、スイスでヒトラー爆殺計画に関わり、イギリスでは西側の原爆開発計画を入手するという目覚ましい活躍をするに至ります。しかも、ウルズラは、凄腕の秘密工作員であるだけでなく、3人の子の母であり、主婦であり、小説家であり、有能な無線技師であり、秘密文書の運び屋であり、破壊活動員であり、爆弾製造者であり、スパイ網のリーダーであり、冷戦の戦士でもあったのです。

ウルズラが23歳の時に上海で出会ったゾルゲが、彼女の運命を大きく変えることになります。「ウルズラ・ハンブルガーとリヒャルト・ゾルゲはいつから愛人関係になったのか、その正確な時期については今も議論が続いている。後年、ゾルゲとの関係をしつこく問われたウルズラは、遠回しに『私は修道女ではありませんでしたから』と答えている。大半の資料は、(ゾルゲに誘われた)この心浮き立つバイクの遠乗り直後にふたりの関係がプラトニックでなくなったことを暗示しており、おそらく遠乗り当日の午後に、上海市外の農村地帯のどこかで一線を越えたのであろう」。ウルズラは夫と子がありながらゾルゲと愛人関係になり、ゾルゲのスパイ活動を手伝うことになるが、2年後のゾルゲの勤務地異動によって二人に別れが訪れ、以後、会うことはありませんでした。

後年、イギリスで身に危険が迫ったウルズラは、子供二人と共にドイツに向かいます。「ウルズラは持っていく思い出の品として、上海で買った中国の版画、スイスの絵はがき、そして額に入れたリヒャルト・ゾルゲの写真を、丁寧に梱包した」。

「彼女は、(最初の夫)ルディをその優しさゆえに愛し、(2番目の夫)パトラをその革命への決意ゆえに愛し、(3番目の夫)レンをその長きにわたる優しい仲間意識ゆえに愛した。しかし、生涯を通じて最も愛した男性は、1931年に、上海市内を猛スピードで突っ走るバイクの後ろに座って黄色い声を上げていたときに見つけていた。額に入れたリヒャルト・ゾルゲの写真が、ウルズラの書斎の壁に終生掛けられていた。『母はゾルゲを愛していました』と(ルディとの間の)息子のミヒャエルは語っている。『ずっと愛していたのです』」。

読み応えのある一冊です。