榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

新しい自分を発見する喜び・・・【MRのための読書論(33)】

【Monthlyミクス 2008年9月号】 MRのための読者論(33)

至福の時

天童よしみ、テレサ・テンやヨハン・セバスチャン・バッハのCDを聴きながら、買い込んでおいた本を繙く。私の休日の喜びはこれに尽きる。本を読んでいて、疑問に感じること、もっと詳しく知りたいことにぶつかったら、探究項目リストに控えておき、専門書に当たったり、図書館の平凡社百科事典で調べる。こうして疑問が氷解した時の快感は格別である。そして、スイミング・スクールで、クロールで連続1000m泳ぐ。泳いだ体をサウナで温め、腰痛・肩痛予防の柔軟体操をしながら、連載中の原稿や仕事の構想を練っていると、ワクワク・ドキドキと気分が高揚してくる。

自己の発見

フィールズ賞に輝く世界的数学者・広中平祐が『生きること 学ぶこと』(広中平祐著、集英社文庫)の中で、「自己の中に眠っていた、全く気づかなかった才能や資質を掘り当てる喜び、つまり新たな自己を発見し、ひいては自分という人間をより深く理解する喜び」が最高だと言っている。初めのうちは苦痛と思えても、暫く辛抱して頑張っていると、ある日突如として目の前が明るく開けてくるというあの喜びだ。人間にとって最大の喜びは、自分の知らなかった力に気づくことだ。アルフレッド・ニーチェも「幸福とは何か」という問いに、「力が芽生えてくるという感じ、抵抗が克服されたという感じ」と答えている。

広中は「本当に人間の真価が問われるのは、逆境にある時、不遇の時代にどう対処したかである」とも言っている。そのほか、「ライヴァル意識と諦めの技術」「単純明快を心がけよ」など、ユニークでおもしろい考え方が述べられている。ガリレオ・ガリレイは「自然の書物は数学の言語によって書かれている」と言ったが、朝永振一郎にしても広中にしても、真に優れた科学者というのは、どうして易しい言葉でこんなに明晰な文章が書けるのだろう。

この本には、新しい自分を発見する、自分のうちに新しい資質を生み出し自分自身を変化させるヒントがちりばめられている。あの道元でさえ、「いたずらに過ごす月日の多けれど道を求むる時ぞ少なき」と自らを戒めている。座して空しく滅びるよりは、思い切って、新しい自分を発見してみようではないか。

確率の活用

運は数学にまかせなさい――確率・統計に学ぶ処世術』(ジェフリー・S・ローゼンタール著、柴田裕之訳、早川書房)を読んで、確率・統計の基礎を身に付ければ、運を天任せにせず、偶然に翻弄されることなく、論理的に生きていくことが可能となる。

例えば、同じ職場の素敵な女性にデイトを申し込むべきか悩んでいる青年の場合。「効用関数」理論を使って、彼女に対する自分の恋心と失敗に対する恐怖心を数量化し、彼女を誘うべきか否かを決めることができる。彼女がデイトに応じてくれたら、きっと素晴らしいワクワクするような時間を過ごせるだろう。人生が変わるかもしれないので、この効用を+1000とする。一方、断られたらひどく落ち込むだろう。しかし、本当に苦痛なのは思いを伝える気恥ずかしさと不安だけだから、この効用は-50とする。デイトの効用の+1000に誘いに応じてくれる確率の10%を掛けると+100。断られた場合の効用の-50に失敗する確率の90%を掛けると-45。とすると、誘う平均効用は+100-45=+55とプラスになるので、思い切って誘った方がいいということが分かる。

その数学が戦略を決める』(イアン・エアーズ著、山形浩生訳、文藝春秋)の著者は、すこぶる大量のデータを解析して将来を予測する「絶対計算」が、各分野の「専門家の直感」による予測に対して圧倒的な勝ちを収めていると断言する。

「絶対計算者」は、その年の降雨量や気温をもとにワインの品質を予測する数式で勝負する。数式を駆使して、相性が最高のパートナーを見つけ出したり、有望な野球選手を発掘する。クレジット・カードの返済実績から自動車事故を起こす確率、クレジット・カードによる購入履歴から5年以内の離婚率をはじき出す。この本で「絶対計算」を学べば、MR活動が一段と豊かになると思う。