榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

キーツ、シェイクスピア、紫式部、ユルスナールを繋ぐネガティブ・ケイパビリティとは・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2636)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年7月5日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2636)

ガのモモスズメ(上が雌、下が雄。写真1~3)の交尾を目撃しました。ウチワヤンマ(写真4~6)、ノシメトンボの未成熟の雄(写真7)、ハグロトンボの雌(写真8~10)、オオアオイトトンボの雌(Sさんの教示。写真11)をカメラに収めました。ニイニイゼミの抜け殻(写真12、13)を2つ見つけました。アメリカザリガニ(写真14)が息絶えています。ミミズ(写真15)に至っては、干からびています。因みに、本日の歩数は11,289でした。

閑話休題、読書仲間の只野健さんの書評に触発されて、『ネガティブ・ケイパビリティ――答えの出ない事態に耐える力』(帚木蓬生著、朝日選書)を手にしました。

とりわけ興味深いのは、●イギリスの詩人、ジョン・キーツがウィリアム・シェイクスピアはネガティブ・ケイパビリティを有していると言っていること、●著者・帚木蓬生が紫式部はネガティブ・ケイパビリティを有していると言っていること、●フランスの作家、マルグリット・ユルスナールが『源氏物難』に惚れ込んで、オマージュの短篇を書いていること――の3つです。

「ネガティブ・ケイパビリティ(負の能力もしくは陰性能力)とは、『どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力』をさします。あるいは、『性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力』を意味します」。

●キーツ
「今では有名になった兄弟宛ての手紙の中で、キーツはシェイクスピアが『ネガティブ・ケイパビリティ』を有していたと書いている。『それは事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力』である」。

●シェイクスピア
「キーツはシェイクスピアにこの能力(ネガティブ・ケイパビリティ)が備わっていたと言いました。確かにそうでしょう。ネガティブ・ケイパビリティがあったからこそ、オセロで嫉妬の、マクベスで野心の、リア王で忘恩の、そしてハムレットで自己疑惑の、それぞれ深い情念の炎を描き出せたのです」。

●紫式部
「紫式部もシェイクスピアに比肩できるほど、ネガティブ・ケイパビリティを備えていたと、私は思うのです。『源氏物語』を俯瞰すると、シェイクスピアの作品に登場する多様な人物群に匹敵するほど多彩な女性が活写されているのに驚かされます。おそらく母性に限って言えば、多様な人間群像としては紫式部に軍配が上がるのではないでしょうか」。

「物語を光源氏という主人公によって浮遊させながら、次々と個性豊かな女性たちを登場させ、その情念と運命を書き連ねて、人間を描く力業こそ、ネガティブ・ケイパビリティでした。もっと言えば、光源氏という存在そのものがネガティブ・ケイパビリティの具現者だったのです。この宙吊り状態に耐える主人公の力がなかったら、物語は単純な女漁りの話になったはずです。だからこそ、シェイクスピアが書いた喜劇や悲劇、歴史劇のすごさが、『源氏物語』一冊にすべて詰まっていると言い切れるのです。・・・仮にキーツが『源氏物語』を読んでいれば、ネガティブ・ケイパビリティの見事な発揮者として紫式部の名を記したのではないでしょうか」。

●ユルスナール
「フランス文学を学んだ者として、(ユルスナールの)その高名ぶりは聞いていても、(フランス政府給費留学生だった私は)彼女が紫式部を師と仰いでいるなど知るよしもありませんでした」。

「『源氏物語』を読み、そこに11世紀日本の高い文化を見出して、日本の美術や書にも魅了されたのです。ユルスナールは紫式部を『見えないものを具現化させる』『日本中世のマルセル・プルースト』と賞讃しました。『紫式部の深淵な感覚は、物事の盛衰、時の移ろい、恋愛の消長を確かに把え、それを悲劇的でしかも甘美で、はかない筆致で描く』『いかなる他の文学も、このことを今まで成し得ていない』。これらはいずれもユルスナールの言葉であり、彼女は自分が求めていた理想的な、深くて強く、しかも繊細な声を、紫式部に見出したのです。彼女の表現で言えば、紫式部こそ『魂の姉妹』でした。こうした紫式部に憧れ続けた15年後、35歳のとき書いたのが、短篇『源氏の君の最後の恋』だったのです」。

いい本を教えてくれた只野さんに感謝。