榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ハレムは徹頭徹尾、王位継承者を確保するという目的に最適化された官僚組織だった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2662)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年7月31日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2662)

ゴーヤー(写真1~4)、スイカ(写真5~7)が花と実を付けています。トマト‘フルティカ’(写真8、9)、トマト‘アイコ’(写真10)、ピーマン(写真11)、ブラックベリー(写真12、13)が実を付けています。

閑話休題、『ハレム――女官と宦官たちの世界』(小笠原弘幸著、新潮選書)では、オスマン帝国を支えたハレムに焦点が当てられています。

「かつてトルコ共和国では、オスマン帝国にたいして否定的な評価がくだされていた。しかし近年は自分たちの偉大な祖先として、オスマン帝国を肯定的に評価する意識が定着し、それに応じて、オスマン帝国史研究も、その厚みを増してきているのだ。ハレムについても、否定的なイメージが払拭され、オスマン帝国の国政と宮廷文化の一翼を担った組織として、魅力的な研究対象とみなされるようになった」。

「ハレムは、第一義にはスルタンの世継ぎを確保する組織であったが、同時に宮廷文化の担い手でもあった」。

「トプカプ宮殿。15世紀後半に創建され、19世紀前半までおよそ400年にわたってスルタンの居城となったこの宮殿こそ、本書の主たる舞台である」。

「世襲君主制の維持、すなわち後継者の確保は、君主の生物としての側面に依存せざるを得ない。君主が生物である以上、後継者をもうけられない可能性を排除することは、原理的に不可能である。その危険を可能な限り減少させるのが、後宮の役割だった。ほとんどの世襲君主制の王朝が後宮をかまえたのは、けだし当然といえよう。オスマン王家のハレムも、こうした世襲君主制の要請にしたがって成立した。17世紀以降に確立した王位継承制度と、それを支えたハレムは、長期の存続と王位継承争いの阻止という観点に限って言うならば、歴史上もっとも成功した事例だといってよい」。

「王位継承を円滑に運用するため、ハレム組織は厳格に運営された。ハレムで立ち働く女官と宦官たちは、ピラミッド状に構成された職階に属し、職階に応じた任務と俸給が割り当てられた。妻妾たちは原則的に入れ替わりのない、安定した序列のもとに置かれた。・・・ハレムの歴史が教えるのは、ハレムは徹頭徹尾、王位継承者を確保するという目的に最適化された組織だった、ということである。いわば、ハレムは官僚組織であり、ハレムに住まう人々は官僚だったのだ」。

「なによりも、後継者をもうけるということは、性行為や出産をはじめとした、人間のプライベートな営みと深くかかわっていることを意味する。王朝の存続という一点をその目的とした生殖の管理は、それにかかわる人々に、行政や財政のような実務的な組織とは性格の異なるコストを要求した。女官たちは、実務に従事するだけではなく、スルタンの性の対象となるのも仕事であり、それを断ることは、基本的には許されなかった。宦官たちも、男性器を強制的に切除されたうえで、ハレムに仕えた。いかに栄達への近道だったとしても、それを進んで受け入れた者は多くはなかろう。王子は自由を奪われ、子を生すのを厳しく禁じられていた。ハレムはまぎれもない官僚組織であったが、王位継承者の生育という目的に奉仕する、特異な性格を持つ官僚組織だったといえよう」。