榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

明治以降の作家たちの懊悩が生々しく甦ってくる一冊・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2803)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年12月19日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2803)

紅葉したドウダンツツジが陽を浴びて輝いています(写真1)。紅葉したイロハモミジ、オタフクナンテンと、色とりどりのハボタンのコントラストが目を惹きます(写真2)。因みに、本日の歩数は11,789でした。

閑話休題、『名著入門――日本近代文学50選』(平田オリザ著、朝日新書)で、とりわけ強い印書を受けたのは、島崎藤村の『破戒』、堀辰雄の『風立ちぬ』、坂口安吾の『堕落論』――の3作品です。

●『破戒』
「刊行後、本作はたちまち大きな反響を呼んだ。一青年の近代的自我の苦悩を言文一致体で表現するという、明治の文学青年たちが目指した理想が、ついに、ここに見事に結実したからだ、またそれは、藤村の師であり同志であった北村透谷が目指しながらなし遂げられなかった『近代小説』の一つの完成形でもあった。まったく同じ時期に『坊っちゃん』を書き上げていた夏目漱石は、『破戒』の初版本を一気に読み、『明治の代に小説らしき小説が出たとすれば破戒ならんと思う』と森田草平宛の手紙で、その興奮を伝えている。もう一点、この作品が画期的だったのは、被差別部落問題という社会課題を、文学の形で取り上げた点にある」。夏目漱石が『破戒』を高く評価していたとは! 若かった私に被差別部落問題の存在を教えてくれたのは、『破戒』でした。

●『風立ちぬ』
「本作『風立ちぬ』は若い男女の出会いから死別までの短い時間が描かれている。その主要な部分は高原のサナトリウムで療養を続ける婚約者と、それを看病する『私』の淡々とした描写やわたいもない会話によって構成される。しかしその描写が淡々としていればいるほど、限りある生を懸命に生きようとする二人の姿が浮き彫りになってくる。・・・人の生は、これほどにはかなく、個人では制御不可能だ。それでも私たちは生きなければならない。生きようと試みなければならない。本作には戦争の影はないと書いた。しかし戦場に赴く多くの若者たちがこの小説を読み『生の有限性』と、その中で生きる意味を必死に模索したことは想像に難くない」。久しぶりに『風立ちぬ』を読み返し、「生の有限性」を体感したくなりました。

●『堕落論』
「本作の発表は1946年4月。敗戦後、それまでのモラルが崩壊していくことに呆然とする日本人たちに『戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ』と喝破した。・・・堕ちよ、そして生きよと、安吾は言う。このメッセージは敗戦後、打ちひしがれた人々に強く響いた」。敗戦という極限状態に置かれた人々を揺さぶり、励ます――これこそ、文学の大きな役割と言えるでしょう。