榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

各季節の自然の中の、農民や牧人たちの作業を活き活きと描き出したピーテル・ブリューゲル・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2807)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年12月23日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2807)

イソヒヨドリの雄(写真1、2)、セグロセキレイ(写真3)、水浴びするハクセキレイ(写真4~6)、ハシビロガモの雄(写真7~9)、雄と雌(写真10)、ヒドリガモの雄(写真11)、雌(写真12)をカメラに収めました。

閑話休題、『ブリューゲルと季節画の世界』(森洋子著、岩波書店)の圧巻は、「農民を描く画家」として知られるピーテル・ブリューゲルの5点現存の「季節画」の連作――「暗い日」、「干草の収穫」、「穀物の収穫」、「牛群の帰り」、「雪中の狩人」――について、さまざまな角度から論じた章です。「これらは、ブリューゲルの全作品の中でも一年の種々の季節や最も大気感のあふれる自然を表現し、また農民や牧人たちの作業を活き活きと描写している点で、ブリューゲルの風景画の中でも重要な作品群として評価されている」。

ブリューゲルの行動に関し、ある画家・美術史家が、こう記しています。「ブリューゲルはたびたび(友人の)フランケルトと一緒に町から出て、農民に扮して彼らの縁日や婚礼に出かけた。婚礼では花嫁や花婿の親戚か知り合いのようになりすまし、他の人たちと同じように贈り物をした」。

「(ブリューゲルの季節画が飾られた、大実業家の)ヨンゲリンクの別荘を訪れた知友たちは商業活動などの煩雑な日常から解放され、ブリューゲルの作品を観賞しながら、季節によっては厳しい自然に緊張を覚え、あるいは牧歌的な農村風景を楽しみ、干草や穀物の収穫に満足し、矛盾や欺瞞の多い都会人と勤勉で誠実な農民を対比しながら、語り合ったのであろう」。「彼らは『季節画』の連作を見て単に『食糧』といった教義の意味ではなく、崇高で雄大な山岳風景とその自然、永遠性を感じる三次元的な背景、農業の重要さの喚起といった、人文主義的な側面に興味を抱いたのではないか、と考える」。

「指摘したいのは観者への画家の誘いである。どの作品でも近景から中景、遠景へと大自然が展開しているが、中景や遠景でト目を凝らしてみないとほとんど気がつかないように、農民、旅人、家畜が小さく描かれている。時には点のようでもある。それ以前のネーデルラントの風景画ではほとんど目立たない存在を意図的に挿入した画家は非常に少なかった。ブリューゲルの場合、空を飛ぶ鳥さえもこうした存在と同様な意味をもっている。実は彼らは観者にとって重要な役割を演じているのである。ブリューゲル自身、決して観者に自分の風景画の見方を強制していないが、観者が風景画の中であちらこちらへと散策し、無意識のうちに何かを発見する自由と楽しみを与えているのである。・・・『雪中の狩人』の場合、空中を一羽のカササギが舞っているが、観者も想像上、鳥になって空中から冬の農村を見下ろし、人びとの戸外での生活を観察するような気分になる。別の枝にカラスが止まっているが、このカラスは居酒屋前での豚の毛焼きに関心があり、すきを見て豚の肉片を狙おうとしているのでは、と想像してしまう。ブリューゲルはこの連作の各作品に五感を触発する要素を表出している。『暗い日』は嵐による激しい風や波の音(聴覚)、『干草の収穫』は牧草や前景の籠の中の果物(嗅覚、味覚)、『穀物の収穫』は画面一面の黄金色(視覚)、『牛群の帰り』は牛の哮え声(聴覚)、『雪中の狩人』は犬の吠える声やカラスの鳴き声(聴覚)、川や池が凍結するほどの冷気(触覚)などである」。

「ブリューゲルの『季節画』の連作のどの作品でも、季節ごとに課せられた労働に誠実に励む農民への讃辞にあふれている」。

気づかされることの多い、読み応えのある力作です。