絵画に描かれた宮廷音楽家、ガヴァネス、看護婦が語りかけてくるもの・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2830)】
我が家の庭の餌台「空中楽園」と「カラの斜塔」は、メジロ(写真1~9)、スズメ(写真6)、シジュウカラ(写真10)、ヒヨドリ(写真11、12)たちで賑わっています。ミカンを食い尽くしたメジロはリンゴを啄み始めました(写真7~9)。
閑話休題、『名画の中で働く人々――「仕事」で学ぶ西洋史』(中野京子著、集英社)は、絵画に描かれた仕事に焦点が当てられています。
「職業にまつわるもろもろの状況を、はるか昔から画家は意図的、ないし無意識に、描き続けてきた。労働をテーマにした風俗画、その人の職業を強調する肖像画、また歴史画(神話画や聖書画も含む)に登場する、さまざまな仕事に従事する人々・・・本書はそれら事例を見てゆきながら、絵画に塗り込められた当時の人々の心に少しでも触れることができればと願っている。また時代や地域独自の職業についても興味をもっていただければ嬉しい」。
とりわけ印象的なのは、アドルフ・フォン・メンツェルの「フリードリヒ大王のフルート・コンサート」、ヴァシリー・ペロフの「商人宅へのガヴァネスの到着」、イリヤ・レーピンの「手術室のエヴゲーニ・パヴロフ」の3作品です。
●宮廷音楽家
「大バッハ(ヨハン・セバスティアン・バッハ)の次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハはどうだったか? 19世紀ドイツの人気画家アドルフ・フォン・メンツェル(1815~1905年)が、およそ1世紀前の出来事について史料を読み込み、現地を幾度も訪れ、想像力を駆使して描いた代表作『フリードリヒ大王のフルート・コンサート』に、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハも登場している。・・・まばゆいシャンデリアのもと、真剣な表情でフルートを吹いているのが、このミニ・コンサートの主催者であり独奏者でもあるフリードリヒ大王だ。・・・カール・フィリップ・エマヌエル・バッハはチェンバロを前に座り、演奏しながら大王を見つめている。その横顔に心なしか愁いが感じられるが、それは彼のその後を知っているメンツェルが意図して描いたからかもしれない。バッハは大王に30年以上仕えた後、引き留める手を振り切って宮廷を去るのだ。・・・(フリードリヒ大王は)フルート愛が強すぎて、ヴァイオリンとチェンバロを伴奏用としか見做していなかった。バッハが大王のために作曲した数曲のフルート協奏曲に対する評価も(年俸も)低かった」。
●ガヴァネス(住み込みの家庭教師)
「(当時の)ガヴァネス事情を、ロシアの画家ヴァシリー・ペロフ(1834~1882年)の『商人宅へのガヴァネスの到着』が伝えてくれる。・・・尊大な様子の主人(商人)とその息子から、教養のない成金一家であることが想像される。質素な服に身を包んだガヴァネスはまだ若い。初めての職場なのだろう。相手の顔をまともに見られず、おそらく震える手で紹介状を取り出そうとしている。目の前の雇用主たちやドアの向こうから覗き込む使用人たち、また自分が教えることになる少女の、好奇心をあらわにした視線が痛いのだ。・・・ガヴァネスは、出自がレディでも現況はレディではない。要は没落した良家の娘の、数少ない仕事の一つがガヴァネスであり、憐れむべき境遇ということになる。画中のロシア商人の家族が全くガヴァネスに敬意を表さず、それどころか自分らより高い階級だったのに今やその座から転落した哀れな娘として、珍獣でも見るように遠慮会釈なくじろじろ見ているのはそこから来る。彼女が恐怖と屈辱に耐えていることを、かえって面白がっているのかもしれない。今後の仕事は辛いものになるだろう」。
●看護婦
「ナイチンゲール以降の価値転換に伴い、世界中の近代的病院が多くの看護婦を雇用するようになった。その様子を描いたのが、ロシアを代表する画家イリヤ・レーピン(1844~1930年)の『手術室のエヴゲーニ・パヴロフ』。・・・6人の医者と6人の看護婦。大がかりな手術だ。誰もが黙し、仕事に集中し、部屋は緊迫感で張りつめている。・・・彼女(看護婦)たちは皆、己の仕事を心得ており、統制のとれた無駄のない動きをしている。・・・手術は執刀医だけが行うのではなく、医者と看護婦のワンチームということがよくわかる」。