榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

オノレ・ド・バルザックこそ「始原の探偵小説」の創始者だ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2955)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年5月21日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2955)

千葉・流山の初石公民館で開催されている「流山愛草会・初夏の山野草展」で、山野草の魅力を堪能することができました。

閑話休題、『快楽の仏蘭西探偵小説』(野崎六助著、インスクリプト)で、とりわけ興味深いのは、オノレ・ド・バルザックこそ「始原の探偵小説」の創始者だという指摘です。

バルザックが『人間喜劇』で描いた探偵vs密偵という構図は、社会の暗黒面を照らし出すフランス探偵小説独自の原型だというのです。この場合の密偵は悪党・悪漢・悪役という位置づけです。

「バルザックは、名探偵にあたる人物像を創出していないが、探偵が産まれでるにいたる都市生活の、身ぶるいするような驚異や得体の知れない恐怖に関しては、第一級の描写を遺している」。

「彼の創造になる『探偵』像は、独創的だが、現在まで、明確には探偵像としては認知されてこなかった。その責の多くは作家のほうに帰せられて当然なのだが、いくらかは、後代の研究の限界を証明する。彼はまぎれもなくフランス探偵小説の始祖だ」。

「(バルザックの)『暗黒事件』の基本は、その第一作の系列にある歴史小説といえる。コランタンは陰の主役をつとめる。暗黒の謀略実行の仕掛け人だ。無実の人間を冤罪死刑に追い落とし、その妻をも絶望からの死に追いやった。・・・バルザック作品で最も溌溂と輝くロランス・サン=シーニュが活躍する。ロランスは密偵と対決し、一度は勝利をおさめるが、そのことによって終生の遺恨をコランタンの極悪の魂に刻みつける。・・・コランタンは謀略工作の工作員であり、何の信念も持たない、人間性としては空虚な男だ。さる政治家の命令に盲従する。さる政治家とは、実在したジョゼフ・フーシェのこと。ロランスの抗争は、事実上、フーシェとの暗闘にある。フーシェの陰謀と政治的策略、そして虐殺者たる履歴に関しては、しかし、作者は、一方的な弾劾を避けている。警察大臣を務めた期間、フーシェは<ナポレオンを一種の恐怖で打ちのめした特殊な才能>を開花させた、と作者は記す。フーシェについての記述は、数頁で終わるが、それが後世のシュテファン・ツヴァイクに一冊の伝記『ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像』を書かせる原動力となったことは、よく識られているだろう」。

因みに、『ゴリオ爺さん』や『暗黒事件』などを包括する『人間喜劇』シリーズ、『ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像』は、私の愛読書です。