榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

筋トレをせず、肘を曲げずに投げる山本由伸が沢村賞受賞投手になれたのはなぜか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2958)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年5月23日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2958)

雨の日は読書三昧――。アジサイが咲いています。

閑話休題、ワールド・ベースボール・クラシック2023で威力ある球をテンポよく投げ込む山本由伸という投手の名を覚えました。体はそれほど大きくないのに、なぜこのように小気味よい投球ができるのか、好奇心を掻き立てられたからです。

この疑問に正面から答えてくれたのが、『山本由伸 常識を変える投球術』(中島大輔著、新潮新書)です。

得意球であったスライダーを高校時代に自ら封印したこと、肘を曲げずに腕全体を使って投げていること、野球選手の多くが採用している筋トレをしないこと――など、178cm、80kgと肉体的に恵まれているとはいえない山本の投球術は、日本野球界の常識に悉く逆らっています。

「ウエイトトレーニングで鍛えて出力が高まれば、投手は肩や肘により大きな負荷がかかって故障が増えていく」。

筋トレの代わりに、山本は、ブリッジや倒立、前転や後転、横走り、サイドステップなど野球の動きと共通するエクササイズを練習の最初に行っています。また、やり投げからもヒントを得ています。長期に亘り薫陶を受けているトレーナー・矢田修の「身体はバランスよく使うことが大事だから、身体全体を使って自分の力を出すんだよ」という教えを愚直に守り続けているのです。

「山本がピッチングで求めているのは、身体を使って大きな力を生み出しボールにうまく伝えることだ。そのためにウエイトトレーニングではなく(矢田が考案した)BCエクササイズで自身の『軸』をつくり、独特な投球フォームから『一本の青竹を強い力でしならせる』ように力を放出していく。それが、プロの投手として決して大きくない身体から球界トップレベルの質の高いボールを投げるためのアプローチだ」。「これらのエクササイズに通じるのは、身体の中心がどこにあるのかを確認しながら、動きの中で重心をうまくコントロールしていくことだ」。山本は力任せに速い球を投げるのではなく、自身の身体をできるだけ有効に使うことで、より大きな力を発揮できるようになったのです。

「セットアッパーとしてブルペンの勝ちパターンを担った2年目。先発として最優秀防御率を獲得した3年目。31イニング連続無失点を記録した4年目。そうした年月を経て、初めてフルシーズンを戦い切った5年目は沢村賞に輝いた。さらに6年目は、史上初の2年連続投手四冠&史上6人目の2年連続沢村賞を受賞している」。山本は年を追う毎に、間違いなく進化しているのです。

山本は野心的だと、著者は述べています。「23歳で沢村賞を獲得、いわば投手として頂点にたどり着いた格好だ。それでも、特別な感慨は『何もない』と言い切る。『いい成績を出せて、自分のトレーニングが間違っていないことの多少の証明にはなりましたけど、そうは言っても中継ぎを含めて4年できただけなので。ここから先、15年間、20年間と野球をやっている人もいるので、自分が40歳になっても一番動けている姿を見せられるとか、バリバリ投げられている身体をもし維持できていたら、それが一番の証明になると思うので。別に僕を否定してきた人にどうこう思うことはないですけど、そのときに気付かせることができたらいいと思います』」。このような長期展望を持てるとは、山本が精神面でも非凡な人物であることを示しています。

本書には人を成長させるヒントがぎっしりと詰まっているので、野球人でない私たちにも大いに参考になる一冊です。