榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

『平家物語』に登場する女性たちの描かれ方に物申す・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2985)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年6月19日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2985)

盛んに囀るウグイスの雄(写真1~4)、ニホンアカガエル(写真5)、オオシオカラトンボの雄(写真6、7)、ムラサキシジミの雌(写真8、9)、ヒカゲチョウ(写真10)、サトキマダラヒカゲ(写真11)をカメラに収めました。クレオメ・ハスレリアナ(セイヨウフウチョウソウ。写真12~14)、アフリカハマユウ(インドハマユウ。写真15、16)が咲いています。

閑話休題、『男は美人の嘘が好き――ひかりと影の平家物語』(大塚ひかり著、清流出版)で、個人的にとりわけ興味深いのは、●巴――落ちた女将軍、●千手前(せんじゅのまえ)――仏になった遊女、●静――ステージママと娘の悲劇、の3つです。

●巴
「巴が物語に姿を見せるのは、主人の木曽義仲が、平家を都落ちに追いやった半年後、今度は追われる身となって、最後の戦いをする段階だ。『平家』巻第九の中の、その名も『木曽最期』という章段の冒頭を彼女は飾っている。<木曽殿は信濃より、巴、山吹とて、二人の便女をぐせられたり。・・・巴はいろ白く髪ながく、容顔まことにすぐれたり。ありがたき強弓精兵、馬の上、かちだち、打物もっては鬼にも神にもあはうどいふ一人当千の兵者(つわもの)なり>。・・・巴もまた、源平時代という貴族から武家の時代の変わり目に現われた女戦士だった」。

「『木曽最期』を今読むと、巴の記述が少ないことに意外の感を覚えたと書いたが、実はそれ以上に、義仲の心に占める彼女の比重が軽いことに、私は驚いていた。それどころか、『平家』は巴が義仲の愛人とか妾だったとは一言も書いていない。ただ美しく屈強な女大将であったとされるだけだ。『平家』によれば義仲の気持ちは一貫して、ある一人の男に注がれていた。・・・(その男とは)義仲の乳母子にして、陰に陽に彼を守ってきた家族のような良き臣下、今井四郎兼平である。義仲が主従七騎になるまで、敵陣を駆け抜けたのも、今井のいる勢田へ向かうためだった。巴はそんな義仲について落ちていったのであり、巴の物語は実をいうと、今井と義仲の『心中』にも似た、恋の道行きに挟み込まれたエピソードにすぎなかったのだ」。この大塚ひかりの指摘で目から鱗が落ちたが、そうだとすると、巴があまりにかわいそうではないか!

●千手前
「千手前は、何の前触れもなく、神が降臨するように、突然、物語(『平家』巻第十)に現われる。鎌倉に護送された(平)重衡が、湯殿に案内され、『身を清めてから首を斬るのか』と思っていると、湯殿の戸を押し開ける者があった。絞り染めの袴をはいた、<よはひ廿(にじゅう)ばかりなる女房の、色白うきよげにて、まことに優にうつくしき>女であった。・・・この女が千手前であった。・・・出会いで一気に急接近した東国女房と都の貴公子。二人の距離がさらに縮まるのに時間はいらなかった。・・・『千手前はこの宴会がかえって物思いの種となったのか、重衡が奈良に渡されて斬られ給うたと聞くとすぐに出家して、信濃の善光寺で仏道に専念し、重衡の菩提を弔って、自身、往生の素懐を遂げたという』。ここで『千手前』の章段は終わる。千手前は、『平家』によればただ一夜、重衡と宴をともにしただけで、夫でもない重衡の死を追って出家したあげく死んでしまうのだ」。

「宗教も文学も顧みなかった生ま身の女の悲しみに目を向けたのは、むしろ歴史書だった。『吾妻鏡』文治四年の記事には、千手前と号する女房が気絶、三日後死んだとある。曰く<その性はなはだ穏便にして、人々の惜しむところなり。前故三位中将重衡参向の時、不慮に相馴れ、かの上洛の後、恋慕の思ひ朝夕休(や)まず。憶念の積るところ、もし発病の因たるかの由、人これを疑ふ>。この千手前は出家しない。往生もしない。ただ重衡に心ならずも馴れ親しんだため、彼が去って恋慕の思いがやまず、その思いが募って発病したのでは? という人びとの憶測が記される。『吾妻鏡』によると享年二十四歳。時に、重衡が僧徒に処刑された三年後の初夏のことであった」。千手前が実在の女性だったとは!

●静
「『平家』の描く静はこれだけ。しかし(巻第十二の『土佐房被斬』の章段の)わずかな記述のなかにも、姫君にはない勘の鋭さと、よく気の付く『使える女』という印象が、鮮明に刻まれている」。

「(『吾妻鏡』に描かれた)武士道にも通じる静の潔さと、権力者に屈せぬプライドは、かの(『平家物語』の)祇王と仏御前にも似て、すさまじいではないか。・・・(梶原景茂に口説かれた場面で)静は鎌倉将軍(源頼朝)の有力家臣の息子を『和主(わぬし)』という目下に対する二人称で呼び、私を口説くなど身の程知らずだ! と泣く。それほど、源氏の御曹司である義経という男はすごいのである。その妾であることもすごいのである。そしてもちろん、そういうことを実現してしまう、有力な白拍子というのも、それ自体ですでにすごいのである」。

「こうして、歴史上に実在した静という女について見ていくと、あらためて、あの、(平)清盛を向こうに回して、己が信念とプライドを貫いた祇王や仏御前といった『平家』の白拍子たちが思い起こされる。祇王が、座を下げられたことで出家に及んだのも。仏御前が祇王との義理を重んじたのも、並のアイドルとは比較にならない一流芸人としての白拍子のプライドゆえ、なのだ。ひょっとして、『平家』の『祇王』の章段のモデルは、静その人ではないか? ライバルの仏御前の前で無理やり舞わされた祇王の悲しみは、頼朝の前で、義経を慕って舞った静の気持ちと重なるものがあるし、清盛に捨てられた祇王にここぞとばかり諸人が言い寄ったというのも、静を口説いた梶原景茂を彷彿とさせる。何よりも、祇王と静の母娘の絆の深さが似ているのである」。この祇王のモデルは静だという仮説は注目に値します。