榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ジョルジュ・サンドは多面的な人物であった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3011)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年7月16日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3011)

羽化を終えて、まだ抜け殻にしがみついているニイニイゼミ(写真1)を見つけました。シオカラトンボの雄(写真2)、雌(写真3、4)、オオシオカラトンボの雌(写真5)、ヨツボシケシキスイ(写真6)をカメラに収めました。クズ(写真7)、ヘメロカリス(写真8)が咲いています。

閑話休題、『ジョルジュ・サンド評伝』(長塚隆二著、読売新聞社)のおかげで、私の知らなかったジョルジュ・サンドに出会うことができました。

●サンドの年下の愛人、フレデリック・ショパンは、異常に気難しい人物だったこと。「ショパンがふつうの尺度では測れない複雑な性格の持主だったことはまず間違いなかろう。サンドは極度に気紛れで猜疑心の強い神経質なこの愛人を子どものようにあやしながら、7年以上を過ごしてきた。<私は男女を問わず、彼(ショパン)が好きな人たちなら、私とはうまが合わなくても迎え入れていますが、この点、彼の私にたいするやり方とはまるきり正反対なのです>――これは彼女がショパンの弟子マリ・ド・ロジエール嬢に宛てた手紙(1846年7月24日)の一節である。感情の行き違いに堪える気力ももはや失せたことを初めて匂わせたこの文面こそ、二人の愛の亀裂を予測させるであろう」。

●サンドの家庭内はさまざまな問題を孕んでいたこと。「サンドは1846年1月末に、遠縁の娘オーギュスティーヌ・ブローを引き取ったが、やがてサンド家ではサンド=モーリス(サンドの息子)=オーギュスティーヌ対ソランジュ(サンドの娘)=ショパンの二派の対立が生じて、反目がくすぶりはじめた」。

●サンドの娘・ソランジュは、性格的に問題のある女性だったこと。「サンドは早くから娘の高慢心なり嫉妬なりエゴイズムの矯正にひたすら務めたが、その性格的欠点はついに改まらなかった。しかも年と共にそれがひどくなる一方で、物欲と快楽ばかりを追い求める不幸な女として一生を終えることになるのである。ショパンがこれほどの極端な性格と気心が合ったこと自体、彼の片寄った一面を想像させるのに十分であろう」。

●サンドは多面的な人物であったこと。「19世紀のこの偉大な閨秀作家の場合、相容れない二面性が遺伝的に運命づけられていた。両親を初め先祖もそれぞれに、活動的と思えば軽薄な一面をのぞかせるし、善良な反面にはエゴイストだった。サンドは、彼らの長所も欠点も受け継いでいたといえよう。彼女がシャルル・ポンシーに宛てて、<私が気分にむらがなく快活で、要するに愛想よく振舞うと約束すれば、向こう見ずな誓いを立てることになるでしょうね。友だちに愛想よく接するのが一つの義務であるというのは、内実よりも表面で、性格よりも心情によって判断される場合のほうが多いからです>(1847年8月27日)とほのめかしたように、彼女自身の中に二人のジュルジュがいた。一方のジョルジュが自由恋愛を謳歌すれば、他方は結婚によってこそ幸福が得られると主張する。あるいはミュッセやショパンを肉体でも愛しながら、『母親の愛情』だったと、ある意味では強弁も辞さない。さらには自らも女性であり、つとにフェミニズムの先駆者でありながら、<あなたは女性の偉大さを信じて、男性よりも立派だと考えていらっしゃる。でも、私は意見が違います。女性は男性より低い地位に置かれている関係で、奴隷の習慣を身につけなかったとはいいきれませんし、女性からその習慣を一掃するには、もっと時間がかかるでしょう>(シャルロット・マルリアニ宛て、1839年6月3日)という言葉からも推測できるように、女性への根本的な軽蔑と反感があった。その性格にせよ感情にせよ思想にせよ、生活そのものもあまりに複雑で矛盾しているし、彼女を系統的に分析してその人間像を図式的に描くことは不可能に近い。合理主義者とロマンティスト、エゴイストな本能と寛容、これら相反する要素が共存する閨秀作家について、ルイズ・ヴァンサンが膨大な研究書の中で、<そんなわけで、われわれが見るのはジョルジュ・サンドの一面にすぎず、ジョルジュ・サンド全体ではない>と説く所以である」。

●サンドの最大の傑作は、私の大好きな作品『ラ・プティット・ファデット(愛の妖精)』ではないと長塚隆二が考えていること。「閨秀作家の作品としてすぐに頭に浮かぶのは、一連の『田園小説』であろうが、不思議な幻想と意識下の分析で詩的に彩られたこの作品(最も感動的な恋愛小説でもある『コンスュエロ』とその続篇『ド・ルドルシュタット伯爵夫人』)こそ、傑作の一つに数えるべきであろう」。