榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「忘れられた本の墓場」で遭遇した本『風の影』を書いた謎の作家フリアン・カラックスとは・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3013)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年7月18日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3013)

ペチュニア(写真1)、ゲンペイカズラ(写真2)、コエビソウ(写真3、4)、ランタナ・カマラ(シチヘンゲ。写真5)が咲いています。ニイニイゼミの抜け殻(写真6)をカメラに収めました。

閑話休題、『風の影』(カルロス・ルイス・サフォン著、木村裕美訳、集英社文庫、上・下)は、こういうシーンから幕が上がります。1945年、スペインのバルセロナ。靄が立ち籠める夏の早朝、10歳のダニエルは古書店主の父親に連れていかれた、無数の書物が眠る「忘れられた本の墓場」で遭遇した本『風の影』に強く惹きつけられます。その本を書いた謎の作家フリアン・カラックスとはどういう人物なのか、ダニエルの粘り強い探求が始まります。

「フリアン・カラックスの著書をもとめて、本屋さんや図書館をめぐり歩いている人物がいるんだって。その人は、本が見つかると、それを買うか、盗むか、ともかく、どんな手段をつかってでも本を手に入れる、そして、すぐ燃やしてしまうというの。それがいったい何者なのか、誰も知らないし、なぜそんなことをするのかもわからない。カラックスという人物の謎に輪をかえたようなミステリーなのよ・・・」。

冒頭から著者が巧みに構築した世界に引きずり込まれ、一気に読み終えてしまったが、これは私の70年に亘る読書経験の中で、第1位にランクされる推理小説です。

その理由は、3つにまとめることができます。

第1は、私の大好きなオノレ・ド・バルザックが現代に生き返って推理小説を書いたら、こういう作品になるだろうなと思わせること。主役級だけでなく、脇役の登場人物たちに至るまで、それぞれが見事に活写されているので、バルザックの『人間喜劇』を想起させるのです。

第2は、交互に綴られるダニエルの人生と、フリアンの人生とが35年という年齢差を超えて、遂には有機的に統合されるという骨太の骨格を備えていること。それにしても、ダニエルにしても、フリアンにしても、これほど波瀾万丈の人生というものがあり得るのでしょうか。

第3は、最後の最後までハラハラ・ドキドキさせられる謎解きだけでなく、愛とは、密会とは、友情とは、希望とは、憎悪とは、親子とは、階級とは、栄枯盛衰とは、亡命とは、内戦とは、宗教とは、運命とは、人生とは、歴史とは何か、そして、文学とは、出版とは、読書とは何か――を考えさせられること。