「貧しい妻の離婚」の話の全体が知りたくなって、『今昔物語集』の現代語訳を手にした・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3215)】
ルリビタキの雄の若鳥と思われる個体(写真1、2)、シジュウカラ(写真3)、アオジの雌(写真4)、ムクドリ(写真5)、シロハラ(写真6~8)、ツグミ(写真9、10)、キジバト(写真11)をカメラに収めました。
閑話休題、『平安朝の母と子――貴族と庶民の家族生活史』(服藤早苗著、中公新書)で取り上げられている『今昔物語集』の巻第三十・第四と第五の話に興味を抱き、話の全体が知りたくなり、『今昔物語集――本朝世俗篇(下) 全現代語訳』(武石彰夫訳、講談社学術文庫)を手にしました。
●巻第三十 第四 中務大輔の娘、近江郡司の婢となる語(こと)
「今は昔、中務大輔の□□という人がいた。男の子はなく、娘がたった一人だけいた。家はまずしかったが、兵衛佐の□□□□という人をその娘といっしょにして聟とし、年月をおくっていた。その間、あれこれ工面して面倒をみたので、聟もこの娘のそばをはなれがたく思っていたが、そのうち中務大輔が亡くなってしまったので、母親一人となり、なにかと心細く思っていたが、その母親も、父親につづくように病にたおれ、長らく床にふす身となってしまった」と始まります。
ついに母親も亡くなり、使用人もみな出ていってしまったので、「娘は、夫の兵庫佐にむかって、『親が生きておりました間は、なんとか仕度をしてお世話もできましたが、こんなによるべがなくなりましては、あなたのお世話もできなくなりました。内裏への御出仕は、見苦しい姿ではすまされません。これからは、どうぞ、あなたのお考えでご自由になさってください』と言う。男はあわれに思って、『どうしてお前を見捨てたりなぞするものか』などと言って、そのままいっしょに暮らしていたが」、妻の再度の強い勧めに従って、男はついに家を出ていきます。
「男も、あんなに『かわいそうだ』などと言っていたが、他の女の聟になってしまうと、手紙さえよこさなくなった」。
女は、近江国から上京していた郡司の息子に見初められ、「女も『今となっては、しかたがない』とあきらめて、ともに(近江に)下っていった。ところが、この男は、前々から国に妻を持っていたので、女の親の家に住んでいたのだが、そのもとの妻がひどく嫉妬してわめき散らしたので、男は、この京の女のところに寄りつかなくなってしまった。そこで、京の女は、親の郡司のもとに使われていたが、そのうち、新しい国司が下向されるというので、国中は、大さわぎとなった」。
国司は、おおぜいの男女の下人に交じって品ものを持ちはこぶ、どことなく気品のある女に目をとめて、夜の接遇を郡司に要求します。郡司は「その夜着かざらせて、守のもとにさし出したのであった。じつは、この守は、この『京の』のもとの夫、兵衛佐だった人が出世した姿であったのだ。だから、この『京の』を、そばに呼び寄せてみると、どうもどこかで、見たような気がしてならないので、抱き寝をしたところ、まことになつかしい思いがする」。
「守は、『京のものがやってきて、郡司の家に使われているのであろう』とかるく考えていたが、その美しさにひかれて、毎晩のように召し出していたが、前にもまして、不思議に情がこもって、昔、会ったような思いがしてならない」。
守の再度の質問に女もかくしきれず、もとの夫だとはすこしも気がつかず、泣きながら自分の素性を明かしてしまいます。
「『わしは、まぎれもなく、お前の夫ではないか』と言って涙を流したので、女は。『さては、この人は、わたしのもとの夫であったのだ』と気がつくと、あまりのことにがまんができなかったのだろう、一言の口もきけず、どんどんからだが冷えすくんでいった。守は、『これは、どうしたことか』とおどろきさわぐうち、そのまま、女は息を引きとっていった」。
●巻第三十 第五 身貧しき男の去りし妻、摂津守の妻となる語(こと)
「今は昔、京にたいへん貧しく、身分の高くない男がいた」が、何をしてもうまくいかないので、男はいろいろと思いなやんだあげく、妻と離別します。
「その後、妻は、年も若く、容姿も美しかったので」、摂津守の後妻に収まり、「幸福な日々をおくりながら何月を重ねて」いきます。
「守の北の方は、車のなかで、女房たちと難波の浦のよい景色をながめて楽しんでいた。その浦には、あしを刈っている下人などがおおぜいいた。その中に、姿はいやしいが、どことなく気品があって心ひかれる男が一人いた」。
「北の方が、近くからよくよく見ると、まぎれもない昔の夫である。泥だらけの、真っ黒な袖もない麻布のひとえの、それもひざのところまでしかないみじかいものを着ていた」。
「男は、(北の方から)着ものをいただき、思いがけぬことにびっくりして見ると、紙のはしになにか書きつけたものがある。とってみるとこう書いてあったので、男は、『なんと、これは、自分の昔の妻だったのか』と気がつくにつけても、自分の前世の報いが、たいへん悲しく、恥ずかしく思えて」、北の方に返歌を奉ります。「北の方は、これを見て、いよいよあわれに悲しく思った。男はそのあと、あしも刈らずに走りかくれてしまった」。
第四と第五とは、元の夫婦が逆の関係で再会するという対照を示していることが、よく分かりました。両方とも、何とも切ない物語ですね。