榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

金貸し一族の中にあって、独り異質の存在であった叔父が21歳で自殺したこと・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3271)

【月に3冊以上は本を読む読書好きが集う会 2024年3月30日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3271)

早朝、濃い霧よ、と女房の声。カメラを手に慌てて飛び出しました。静寂の中、そこかしこで、ウグイスの囀りだけが響いています。

閑話休題、読書仲間のIndridason Arnaldur氏に教えられた、車谷長吉の私小説集『鹽壺(しおつぼ)の匙(さじ)』(車谷長吉著、新潮文庫)を手にしました。

本書に収められている『鹽壺の匙』は、「今年の夏は、私(わたくし)は七年ぶりに狂人の父に逢いに行った」と、始まります。

「(母の次弟)宏之叔父は昭和三十二年五月二十二日の午前、古い納屋の梁に粗縄を掛けて自殺した。享年二十一。私が小学六年生の時のことだった」。

貧民窟で生まれた曾祖父が一代で財を築いた金貸し一族の中にあって、「潔癖。ニーチェと俺とはその性質が根本的に似ている。然しニーチェは俺より遥かに深い。然し、俺は今から深くなるのだ」と、和辻哲郎の『ニイチェ研究』の余白に萬年筆で書き込むような宏之は、独り異質の存在でした。

魂を打ち摧かれ、自分を軽蔑せざるを得ない苦痛にうめく宏之の最後の日々が、彼に共感を覚える「私」の目を通して描かれています。

ずしりと重い読後感が残る作品です。