榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

短篇集にも、現実と幻想が渾然一体となった世界が広がっている・・・【山椒読書論(463)】

【amazon 『エレンディラ』 カスタマーレビュー 2014年7月14日】 山椒読書論(463)

ある識者が絶賛しているガブリエル・ガルシア・マルケスの短篇集『エレンディラ』(ガブリエル・ガルシア・マルケス著、木村榮一訳、ちくま文庫)を読んでみた。

この識者――作家の星野智幸――は、「中でも『エレンディラ』と『この世でいちばん美しい水死人』は、一読したら忘れられない。(マルケス)『らしさ』が表れるのは、コロンビアのカリブ地方を舞台にしているから。マルケスのリアリズムは、カリブの民衆文化と切り離せない。その文化の価値観で小説を書いたら、『魔術的リアリズム』と呼ばれたわけだ」と記している。この紹介文は簡にして要を得ている。私もあちこちに書評めいたものを書き散らしているが、須く書評とはこうありたいものだ。

この短篇集には7編が収められている。『エレンディラ』の正式なタイトル名は『無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語』であるが、星野が言うとおり、最近読んだマルケスの長篇『族長の秋』と相通じるラテン・アメリカ独特の濃厚な雰囲気が漂っている。その一方で、祖母から体を売ることを強制される孫娘と祖母の関係に、キム・ギドク監督の強烈な韓国映画『悪い男』の女子大生とチンピラの関係を重ねてしまった。そして、孫娘の祖母殺しの場面では、アゴタ・クリストフの不思議な小説『悪童日記』の双子の兄弟「ぼくら」の父殺しを思い浮かべてしまったのである。

「(14歳の)エレンディラはその日から(火事を起こして祖母に大損害を与えてしまった)償いをすることになった。激しい雨のなかを祖母に連れられて、村の食料品店の主人のところへ出かけた。この主人というのは痩せこけた、まだ若いやもめだが、生娘には金をはずむというので砂漠じゅうで評判の男だった。祖母の冷静な期待の目に見守られながら、やもめの男は学者的な綿密さでエレンディラの体を調べた。その腿の逞しさや胸のふくらみ、腰の幅などをはかった。彼女の値踏みが終わらぬうちは、ひとことも口をきかなかったが、やがて言った。『まだほんの子供だな。犬みたいに小さな乳首をしてる』」。

「肉包丁をかまえて入ってきた(恋人のエレンディラから殺害を依頼された)ウリセスを見て、祖母は杖の助けを借りながらやっと立ちあがり、腕を振り回しながら喚いた。『気でも狂ったのかい!』。ウリセスは祖母に飛びかかり、むきだしの胸に肉包丁を突き立てた。・・・エレンディラが大皿を持って入口に現われ、恐るべき冷静さで二人の格闘を眺めた」。そして、死んだ祖母から金の延べ棒を奪ったエレンディラは、ウリウスを置き去りにし、「後ろを振り向かずに、熱気の立ちのぼる塩湖や滑石の火口、眠っているような水上の集落などを駆け抜けていった」のである。

この短篇集にも、現実と幻想が渾然一体となったマルケス特有の世界が広がっている。