榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「コロンブスの交換」に対する、先住民側の観点からの異議申し立て・・・【情熱的読書人間のないしょ話(723)】

【amazon 『コロンブスの不平等交換』 カスタマーレビュー 2017年4月11日】 情熱的読書人間のないしょ話(723)

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閑話休題、『コロンブスの不平等交換――作物・奴隷・疫病の世界史』(山本紀夫著、角川選書)は、「コロンブスの交換」に対する、先住民側の観点からの異議申し立て書です。

「コロンブスの交換」とは、何でしょうか。アメリカの歴史学者、アルフレッド・クロスビーが1972年に提唱した、新旧両大陸間の交流を指す言葉です。著者は、これに疑問を呈しているのです。「はたして『コロンブスの交換』ということばは正しいのだろうか。『交換』といえば、なんとなく対等の関係を示しているようだが、わたしの知る限り、この関係は対等どころか、きわめて一方的なものだったと思えるからだ」。すなわち、旧大陸側は大いに得をしたが、新大陸側はそれに見合うものを得ていないどころか、大きな損害を被ったというのです。

著者は、作物、奴隷、家畜、疫病という4つの面から、この関係は不平等であったことを見事に証明しています。

作物および奴隷について。「彼ら(コロンブス一行)はトウモロコシを初めとして、いくつもの新大陸原産の栽培植物を『発見』し、そのなかにはヨーロッパに持ち帰った作物もあった。その代表的な作物がトウモロコシであった。そのおかげで、ヨーロッパの一部地方やアフリカなどでは『食糧革命』といえるほど、トウモロコシのおかげをこうむり、人口が増えた地域もあった。この点から見れば、たしかにコロンブスの貢献と言えるかもしれないが、ここでほとんど忘れ去られていることがある。それこそが先住民たちの貢献である。トウモロコシの栽培化や改良には数千年の先住民たちの努力があった。それにくらべて、コロンブスはトウモロコシを『発見』し、それをヨーロッパに持ち帰っただけなのである。ジャガイモについては、もっと先住民たちの貢献が強調されてよい。そもそも、ジャガイモのヨーロッパへの導入にはコロンブスは何ら関係していない。あるいは、コロンブスはジャガイモの存在さえ知らなかったかもしれない。コロンブスがアメリカ大陸に到達した当時、ジャガイモの栽培はアンデスに限られ、カリブ海での栽培は知られていなかったからだ。・・・(ジャガイモは)寒冷な気候のせいで飢饉が頻発していたヨーロッパ北部で人びとを飢饉から解放し、安定した食糧源を供給するようになり、人口の増加にも貢献したのである」。

一方、コロンブスが新大陸に持ち込んだサトウキビは、その栽培に必要な労働力としての奴隷制を拡大させ、奴隷供給源であるアフリカをも巻き込むという悲劇をもたらしたのです。

家畜について。「コロンブスは第二次航海で、馬や牛、豚、羊、山羊、ロバなどの旧大陸産の家畜も連れてきた。これに対して新大陸産の家畜は乏しく、また、そこには家畜の放牧に適した草原があちこちに広がっていた。そのおかげで、馬や牛、豚などは野生状態でも猛烈に増え、とくに北アメリカの大草原やアルゼンチン南部に広がるパンパなどでは牛の飼育が一大産業になるほどであった。このような状態だけを見れば、作物とちがって、家畜については新大陸側が一方的にうるおった交換であったように見えるが、決してそうではない。それというのも、馬も牛も基本的に所有していたのはヨーロッパ人であり、家畜飼育の拡大とともに土地をめぐってヨーロッパ人と先住民との衝突が起こった。その結果、土地を奪われたり、虐殺された先住民も少なくなかったのだ。したがって、少なくとも新大陸の先住民側にとって、コロンブスによる家畜の導入は決して喜ばしいことだけではなかったのである」。

疫病について。「コロンブスのアメリカ大陸到達以後、新大陸にもっとも大きな変化を与えたのは、旧大陸からもたらされたさまざまな疫病であると考えられる。そして、『疫病の交換』という観点から検討してみたが、疫病についても対等の関係ではなく、ほとんど旧大陸側の一方的な侵略とも言えるものであった」。

「先住民を死にいたらしめたのは虐殺そのものより、スペイン人が持ち込んだ疫病の影響の方が大きかった。とくに、天然痘、はしか、インフルエンザ(、黄熱病、マラリア)などの疫病が抵抗力をまったくもたない先住民をおそったのである」。「アメリカ大陸の先住民は、ヨーロッパ人たちに出会うまで、ユーラシア大陸の病原菌にさらされたことがなかったため、それらの病原菌に対する免疫をもっていなかったからである」。ここは、正しくは、「病原菌、ウイルス、原虫」とすべきでしょう。

一方、新世界から旧世界にもたらされた疫病はなかったのでしょうか。「じつは、ひとつある。それが梅毒だ。・・・ヨーロッパに梅毒が姿を現したのはコロンブスによる第一次航海のすぐあとの1493年であった。つまり、梅毒はコロンブス一行によってカリブ海地方から持ち帰られた、『コロンブスの航海土産』であったと考えられるのである」。

「天然痘などにくらべれば、梅毒の致死率はさほど高くない。したがって、疫病がもたらした影響を考えれば、『疫病の交換』はあまりにも一方的であり、とても交換と呼べるようなものではなかった」。

「ヨーロッパ人の目から見れば、(コロンブスのアメリカ大陸到達は)『発見』であったかもしれないが、南北アメリカの先住民にとっては、そこは『発見』以前から住んでいた土地であった。そして、そこにヨーロッパ人が文字どおり土足でずかずかと入り込み、ときには武器をたずさえてきたのだから、その渡来は侵略の名こそふさわしいものであったのだ」。本書は、コロンブスのアメリカ大陸「発見」は、新大陸「侵略」だったという歴史的事実を、私たちに突きつけているのです。