榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ボロ宿で、独り、夜の温泉にしみじみ浸かりたくなる本・・・【情熱的読書人間のないしょ話(926)】

【amazon 『日本ボロ宿紀行』 カスタマーレビュー 2017年10月30日】 情熱的読書人間のないしょ話(926)

あちこちで、キクが咲き競っています。サルビア・レウカンサ(メキシカンブッシュセージ、アメジストセージ)の紫色の萼が風に揺れています。ツワブキが黄色い花を咲かせています。ムラサキシキブが鮮やかな紫色の実を付けています。因みに、本日の歩数は10,896でした。

閑話休題、何気なく、書名に惹かれて手にした『日本ボロ宿紀行』(上明戸聡著、鉄人文庫)は、大当たりでした。商店街の抽籤で一等賞に当たったような気分です。

「いつの頃からか『ボロ宿』に憧れ、わざわざ訪ねて旅をするようになっていました。この場合の『ボロ宿』は、決して悪口ではありません。歴史的価値のある宿から古い安宿までをひっくるめ、愛情を込めて『ボロ宿』と呼び、私にとっては最高の褒め言葉なのです。仕事柄、地方に出張に出ることも多く、いつも古い商人宿や鄙びた湯治宿を探してしまいます。旅行が好きなのであちこち出かけたいけれど、お金がないので安い宿を探す。そういうことからボロ宿と出会ってきた面もあります。・・・ボロ宿に惹かれるのは、消えゆくものへの郷愁でしょうか。古い建物を守りつつ昔ながらの営業を続けている宿を見ると、たまらない魅力を感じてしまうのです」。

全国各地の宿を訪ねた時の経験を綴った紀行文は、独特の味わいがあります。あちこちで美人女将が登場するのはご愛嬌でしょう。鹿児島県出水市の「秘湯・白木川内温泉の正真正銘おすすめボロ宿――旭屋旅館」の一節は、こんな風です。「『7時を過ぎると空きますから』。ご主人の言葉どおり食後に温泉に行くと、2人いた入浴客はすぐに出てしまい、岩風呂に私ひとりきり。ツルツルのお湯はあくまでも澄み、深い浴槽の足元までくっきり見えます。こんなお湯を独り占め出来るとは、なんて贅沢なんでしょう。最高の気分でした」。私も経験がありますが、独り、夜の温泉にしみじみ浸かるというのは、本当に極楽です。

本書の最大の魅力は、32ページに亘るグラヴィアです。青森県八戸市の「明治の遊廓が転業した宿――新むつ旅館」、青森県黒石市の「共同浴場に通う湯治宿――飯塚旅館」、岩手県遠野市の「民話の町に建つ古格あふれる旅館――福山荘」、岩手県花巻市の「湯治宿そのままの鉛温泉湯治部――藤三旅館」、栃木県那須町の「廃墟のようなホラー系温泉宿――喜楽旅館」、千葉県香取市の「明治時代にタイムトリップできる宿――木の下旅館」、茨城県潮来市の「時間がゆっくり流れる懐かしの宿――水郷旅館」、静岡県伊豆市の「名曲『天城越え』が生まれた宿――白壁荘」、静岡県松崎町の「つげ義春の漫画で知られる『長八の宿』――山光荘」、三重県鳥羽市の「美人女将が切り盛りする明治20年創業宿――海月」、三重県伊勢市の「外国人に人気の大正レトロな町宿――星出館」、愛媛県松山市の「明治の洋館風佇まいの温泉ホテル――ホテル椿館」、広島県大崎上島町の「岬の高台にある絶景ホテル――ホテル清風館」、鳥取県智頭町の「三代家光の時代から続く宿場町の宿――河内屋旅館」、島根県出雲市の「酔っぱらいは追い出される!?町宿――持田屋旅館」、熊本県八代市の「山頭火が通い詰めた温泉街の宿――新湯旅館」など、一度は訪れたい宿ばかりです。