榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

焼き殺される我が娘を凝視し続け、地獄変の屏風を完成させた絵師の物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1061)】

【amazon 『地獄変・邪宗門・好色・藪の中・他七篇』 カスタマーレビュー 2018年3月19日】 情熱的読書人間のないしょ話(1061)

ハクモクレンよりほんの少し花期が遅いコブシが咲いています。コブシとハクモクレンは似ていますが、コブシは花弁が6枚で掌状に咲き、ハクモクレンは花弁6枚+萼片3枚がチューリップ状に咲くので、見分けることができます。コブシは、花の根元に葉が1枚付いているのも目印になります。ハクモクレン、モクレン、サラサモクレンも頑張っています。因みに、本日の歩数は10,335でした。

閑話休題、『地獄変』(芥川龍之介著、岩波文庫『地獄変・邪宗門・好色・藪の中・他七篇』所収)を読み終わって、やはり、芥川龍之介は凡百の作家とは違うなと再認識しました。

「その頃大殿様の御邸には、十五になる良秀の一人娘が、小女房に上つて居りましたが、これは又生みの親には似もつかない、愛嬌のある娘でございました。その上早く女親に別れましたせゐか、思ひやりの深い、年よりはませた、悧巧な生れつきで、年の若いのにも似ず、何かとよく気がつくものでございますから、御台様を始め外の女房たちにも、可愛がられて居たやうでございます」。

「大殿様が良秀の娘に懸想なすつたなどと申す噂が、愈拡がるやうになつたのでございませう。中には地獄変の屏風の由来も、実は娘が大殿様の御意に従はなかつたからだなどと申すものも居りますが、元よりさやうな事がある筈はございません」。

このような折、偏屈だが高名な絵師・良秀は、突然、大殿様から地獄変の屏風を描くことを命じられます。

良秀は、それから何カ月も昼夜を分かたず屏風の絵に掛かり切りになり、漸く完成に近づけますが、猛火の中で悶え苦しむ上臈の場面が描けずに困っていると大殿様に訴えます。

「『良秀。今宵はその方の望み通り、車に火をかけて見せて遣はさう』。・・・『うう見い。それは予が日頃乗る車ぢや、その方も覚えがあらう。――予がその車にこれから火をかけて、目のあたりに炎熱地獄を現ぜさせる心算ぢやが』。・・・『その中には罪人の女房が一人、縛めた儘乗せてある。されば車に火をかけたら、必定その女めは肉を焼き骨を焦して、四苦八苦の最期を遂げるであらう。その方が屏風を仕上げるには、又とない好い手本ぢや。雪のやうな肌が燃え爛れるのを見のがすな。黒髪が火の粉になつて、舞ひ上るさまもよう見て置け』。・・・『末代までもない観物ぢや。予もここで見物しよう。それそれ、簾を揚げて、良秀に中の女を見せて遣さぬか』」。

「惨らしく、鎖にかけられた女房は――あゝ、誰か見違へを致しませう。・・・小造りな体つきは、猿轡のかかつた頚のあたりは、さうしてあの寂しい位つゝましやかな横顔は、良秀の娘に相違ございません」。

「その火の柱を前にして、凝り固まつたやうに立つてゐる良秀は、――何と云ふ不思議な事でございませう。あのさつきまで地獄の責苦に悩んでゐたやうな良秀は、今は云ひやうのない輝きを、さながら恍惚とした法悦の輝きを、皺だらけな満面に浮べながら、大殿様の御前も忘れたのか、両腕をしつかり胸に組んで、佇んでゐるではございませんか。それがどうもあの男の眼の中には、娘の悶え死ぬ有様が映つてゐないやうなのでございます。唯美しい火焔の色と、その中に苦しむ女人の姿とが、限りなく心を悦ばせる――さう云ふ景色に見えました」。

宇治拾遺物語に想を得た短篇ですが、これほど鮮烈な作品に仕上げるとは、さすが、芥川です。

大殿様の如き非道な権力者はさておき、このような良秀の芸術至上主義はどうにも納得いたしかねる私なのでございます。