榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

死は本人にとっては無だが、愛する者の心の中で生き続ける・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1124)】

【amazon 『夫婦の散歩道』 カスタマーレビュー 2018年5月21日】 情熱的読書人間のないしょ話(1124)

ツキヌキニンドウがラッパ状の赤い花を咲かせています。キングサリ・ヴォッシーが黄色い花を多数ぶら下げています。チェリーセージ(サルビア・ミクロフィラ)が赤い花を付けています。薄紫色の花を付けたラベンダーが群生しています。赤紫色のシャクヤクは華やかですね。ムラサキゴテンの紫色の葉と桃色の花が鮮やかなコントラストをなしています。紫色のマツバギクが敷き詰めた絨毯のようです。因みに、本日の歩数は10,559でした。

閑話休題、38年前に『石の蝶』(津村節子著、集英社文庫)に衝撃を受けて以来、津村節子のファンになりました。その後、吉村昭の作品をいろいろ読むようになり、二人が夫婦だと知った時は驚きました。夫婦共にこれほど密度の高い小説を書くケースは稀有だからです。読書仲間の只野健から「読んでみてびっくり。津村節子は吉村昭が亡くなって10年以上経っても、なかなか忘れられないこともあるようなのです」と教えられ、エッセイ集『夫婦の散歩道』(津村節子著、河出文庫)を手にした次第です。

「幸せだ、と言うようになったのは死ぬ三、四年ほど前からである。仕事は充実しており、毎年かかさず行っている健康診断も不安材料はなく、取材に行くほかは庭に自分の思い通りに建てた書斎に籠る。三方が天井までの書棚、窓のある東側には資料を置くために横幅を長くしつらえた机と、その右わきにカルテ入れのような棚が幾段もある書斎で、私は三方の棚の夥しい資料に押し潰されそうな圧迫感を抱く。夕食に母屋に戻ってくると、ビール、日本酒、ウィスキーの順で寝るまで飲んでいた。何の趣味もなかったかれの楽しみは、お酒だった」。吉村の日々が彷彿とします。

「私たち夫婦はいつもバス通りから林の中の径を帰ることにしている。駅に着いたと電話をすると、家にいる者が散歩がてら途中まで迎えに出る。その時なぜか、夫も私もプレートのついていたベンチに坐ることはなかった。・・・夫もベンチに坐って待っていたことはなかった。林の樹木を保護するために木の柵がめぐらされており、その柵に腰をかけている。お互いがそうしているのはなぜなのか、今になっては聞きようがない。柵に腰かけている夫は、林の樹木にとけ込んでしまっていて、今も林の中で見えることがある」。二人の仲のよさが偲ばれます。

「そのけはいが失せたのは、いつの頃からだったろう。けはいと言っても、建て替えてしまった家の中ではなく、夕ぐれ時に公開の柵に腰をかけていたり、百貨店で私が買物をしている間待っていたエレベーターわきの椅子にかけていたり、かれが入院していた病院の歯科へ治療に行った時に廊下ですれ違ったりしたのである。遺言通りに、一年間遺骨を書斎の机の上に置き、一周忌に生前本人が建てた墓に納めると、私は家を壊すことに熱中した。どこにもかしこにもかれがいたからであった」。

「季節毎に花が咲くと私は庭に出て枝を見上げたり、しゃがんだりして花を見るのが楽しみで、そんな私を書斎の窓から見ている夫が、『花の好きな女だなあ』と言っていた。その口調は呆れ気味ではあるが、好ましく思っているように聞えた。夫の書斎は遺したので、その窓の下の植込みだけは残っている。大輪の白椿、しゃくなげ、夫の好きな紅梅、そして夫が亡くなる前年に二人で買いに行ったしだれ桜――。・・・(好きなあじさいを)しゃがんで見ていると、『花の好きな女だなあ』と、書斎の窓から聞えたような気がした」。

53年間、共に歩んだ吉村と津村は、羨ましいほど相思相愛の夫婦だったことが分かります。死は本人にとっては無ですが、愛する者の心の中で生き続けるのですね。