榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

中学時代に出会った『忍者武芸帳 影丸伝』が弱者の視点を教えてくれた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1226)】

【amazon 『白土三平伝』 カスタマーレビュー 2018年9月3日】 情熱的読書人間のないしょ話(1226)

ヨーロッパのあちこちで探しても見つからず、オランダのアムステルダムで私のイメージどおりの魔女に出会えた時の感激が、今も鮮明に甦ってきます。お尻丸出しの魔女も書斎を飛び回っています。

閑話休題、中学3年の時、貸本屋で出っくわしたマンガ『忍者武芸帳 影丸伝』から食らった強烈パンチは、今でも鮮明に覚えています。

その『忍者武芸帳 影丸伝』の作者・白土三平の作品、思想、人生に鋭く切り込んだのが、『白土三平伝――カムイ伝の真実』(毛利甚八著、小学館)です。因みに、著者・毛利甚八はマンガ『家栽の人』の原作者です。

白土27歳時の作品『忍者武芸帳 影丸伝』は、このように説明されています。「天正年間の物語で、戦国大名と影丸が率いる人々の闘争が描かれる。権力と支配される側の抵抗を探求したもので、権力を持たぬ者たちの武器は団結と融通無碍な形なき組織だが、そのしぶとさが白土劇画特有の『死んだかと思えば、どっこい生きている』というドライブ感とともに表現される。恐ろしい数の群衆が描かれ、その動向がドラマのエネルギーとして躍動するのも見どころだ。見方を変えると、白土三平が幼い頃に見た父・唐貴とファシズムの攻防の印象が、もっとも色濃く反映されていると考えることができる。昭和初期の反体制運動の息遣いがリアルに盛り込まれていたからこそ、(無意識にせよ)昭和30年代に圧倒的支持を受けた可能性がある」。農民一揆の指導者・影丸の逞しい風貌は、ロシア移動派の画家が描いたロシアの英雄ステンカ・ラージンからヒントを得たと、白土自身が語っています。

「農民一致の指導者・影丸が活躍するこのマンガは、仇討ち物語、戦国大名による覇権争い、農民一揆などが複雑にからみあう壮大なストーリーで、なにもかもが型破りであった。詳細な一揆の歴史が語られ、忍術の科学的解説が滔々と述べられ、戦国時代の政治状況が語られながら、馬が駆け、無数の槍と刃が打ち鳴らされ、手が切り落とされ、首が飛び、死屍累々のありさまが重厚な構図で荒々しく描かれる。活劇と知識が渾然一体となって、嵐のように歴史が語られていくマンガを青少年は夢中になって読みふけり、知識人は表現の力強さに驚嘆した。一方で教育関係者からは残酷な表現媒体として認知されることになっていく。物語は3年にわたって描きつがれ、16巻で完結した(最終巻の16のみ上下分冊)」。

人間とは何か、権力とはなにか、弱者とは何か、抵抗とは何か、人が生き抜くのに必要なものは何か――といった、弱者の立場から世界を見る視点もあり得ることを私が知ったのは、この『忍者武芸帳 影丸伝』によってだったのです。まさに、私の視界が大きく広がった瞬間でした。

白土の周りに多くのマンガ家が登場するのも、本書の魅力です。「『忍者武芸帳』を描くまでの3年間、新人マンガ家の白土三平は手塚治虫の画風を模範にして資本マンガを描いていた」。

白土は『忍者武芸帳 影丸伝』をさらに深化させた作品を生み出そうと考え、その結果が大作『カムイ伝』に結実します。

「『カムイ伝』をひと月に100ページの割合で量産するつもりだった白土三平は、自分に匹敵する絵描きを『カムイ伝』の制作チームに招き入れる必要があった。そこで白土と長井が白羽の矢を立てたのが、後に『子連れ狼』でブレークすることになる小島剛夕(ごうせき)だった」。

「『カムイ伝』を唯一の大黒柱としてスタートした雑誌『月刊漫画ガロ』だったが、やがて、つげ義春、滝田ゆう、永島慎二、林静一といった先鋭的なマンガ家を輩出して、青年マンガの表現領域を押し広げる独特の媒体に育っていくことになるのである」。「(『ガロ』に)つげ義春の『ねじ式』を掲載することを決めたのは白土三平だった」。

「自分の印税で『ガロ』を創刊し、多くのマンガ家をデビューさせたことも、講談社児童まんが賞の審査委員として水木しげるや永島慎二、石森章太郎(後に石ノ森章太郎)の受賞に力を尽くしたことも、白土さんが岡本唐貴から受け継いだ家長の性質からくる『優しさ』や『包容力』の表れだ」。

白土の「下町の労働者である青年たちに歴史を伝えたい」という熱い思いと、遠路を通って白土にインタヴューを繰り返した毛利の白土への敬愛の念がひしひしと伝わってくる一冊です。