榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

小説を読むことは、もう一つの人生を経験すること――を実感させる短篇集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1271)】

【amazon 『太陽は気を失う』 カスタマーレビュー 2018年10月17日】 情熱的読書人間のないしょ話(1271)

果樹園のロープに数十匹のアキアカネが並んで止まっているのは、壮観です。腹部が赤い雄と、腹部が茶色い雌がいます。アベリア(ハナツクバネウツギ)が小さな白い花を咲かせています。あちこちで、カラスウリの実が色づいています。ススキが風に揺れています。因みに、本日の歩数は10,782でした。

閑話休題、『太陽は気を失う』(乙川優三郎著、文春文庫)には、さまざまな人生の分岐点を描いた14の短篇が収められています。

とりわけ、私の印象に強く残ったのは、「海にたどりつけない川」です。

3年前に妻を亡くした主人公、62歳の矢吹孝は、医師からがんの状況説明と余命宣告を受けます。「人生で最も後悔していることを思い出した彼は、最後の時間をかけて、その後悔と向き合うことを考えた。自己満足にしろ、そこを避けて終わるよりはましに思えたし、ほかに貴重な時間の使い方を知らなかった。どのみち自分は消えてゆくのだから、と何を見ても受け容れるつもりであった。ただ相手には迷惑なことかもしれず、まずそれを見極めなければならない」。

彼には、若い頃、生活設計を知らず蓄財をしない両親と、精神を病んで働かない兄のために、結婚を断念した女性がいたのです。「頼りになる地縁もなく、遠くに家族という重荷を抱えた二人は守り合うようにつながり、愛し合うようになっていた」。「辛い話し合いと抱擁を繰り返したあと、(鬼頭)百合恵を解放するために彼は転職した。別のホテルへ移り、一からまたやり直すつもりであった。彼女には転職先も教えなかったが、風の頼りはあって、不本意な別れから間もなく奈良橋と結婚し、渡米し、子を儲け、十数年後に離婚したと聞いている」。捨てた百合恵のことが、命を終えようとする今、悔やまれてならず、彼女が暮らしているという彼女の故郷を訪れます。

そこで起こったことは意外なものでした。

「心残りを清算したとは言えなかった。大切にしてきた古い布を洗って、落ちない染みを目立たせてしまったような夜であった」。

小説を読むことは、もう一つの人生を経験することと、私は考えているのですが、この作品を読み終わって、その感が一層強まりました。