榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

新聞記者魂が我々の心に食い込んでくる推理小説+仕事小説の一級品・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1326)】

【amazon 『ミッドナイト・ジャーナル』 カスタマーレビュー 2018年12月7日】 情熱的読書人間のないしょ話(1326)

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閑話休題、『ミッドナイト・ジャーナル』(本城雅人著、講談社文庫)は、全国紙の社会部記者たちが連続女児誘拐殺害事件の真相に迫る推理小説ですが、心を鷲掴みにされてしまいました。ページを捲るのももどかしく、一気に読み通してしまいました。

全国紙第3位の中央新聞の本社社会部の関口豪太郎と、その部下の藤瀬祐里(女性)、松本博史は、7年前に、連続女児誘拐殺害事件を追う中で、誘拐された女児が生存しているのに遺体が発見されたと誤報した責任を問われ、関口がさいたま支局の県警(担当)キャップに左遷されるなど、関係者は皆、不本意な立場に置かれています。

関口、藤瀬、松本と、関口の今の部下、木原、岡田は、現在、起きている連続女児誘拐殺害事件と7年前の事件が同一犯によるものではないかと睨み、粘り強く地道な取材活動を重ねていきます。じりじりと真相に迫っていく過程は、記者魂に溢れていて、心に深く沁みてきます。

かつて猛烈サラリーマンであった私は、推理小説としてだけでなく、仕事や組織についても、いろいろと考えさせられてしまいました。

第1は、新聞記者の仕事や生活が臨場感豊かに描かれているので、自分もその一員になったかのような錯覚に陥ってしまいました。しかし、読み進むうちに、私には新聞記者はとても務まらないだろうと思わせられたこと。

第2は、抜群に仕事ができる関口のような記者であっても、上司や周囲への気配りを疎かにすると、不本意な立場に置かれてしまうのだなと、妙に納得させられたこと。

第3は、関口の上司である本社社会部長の外山義柾は、仕事はできるが扱い難い関口を地方回りに追いやっているのだが、自分が外山の立場だったら、関口にどのように接するかを考えさせられたこと。

このような観点を抜きにしても、推理小説+仕事小説として読み応えのある作品です。

「豪太郎ならそうさせるだろう。記者の仕事は記事を書くのと同じくらい、取材相手の家で個別に話を聞くことが大事だと思っている。それに関しては祐里も異存はない」。

「(新聞社の)政治部は軍隊でいうところの制服組であるのに対し、社会部の記者は戦場で戦う戦士だ。最前線にいるのだから当然危険がつきまとう。政治部にもスクープはあるが、政治家がそれぞれにとって都合のいい情報をリークしてくるものが多い。一方、社会部記者にとってのスクープは、書かれることを望まれていないネタばかりだ。警察や検察の動きをくまなく観察し、怪しい動きがあると探りを入れる。最初はあやふやな情報を、裏取りを重ねて書ける段階まで事実を積み重ねていく。だが百パーセントの確信を得て記事を書くことは稀だ。不安を隠しながら記事を書き、翌朝の他紙の反応を見て、サツ官の顔色を窺い、そして公式に発表されてようやく、特ダネを抜いたとの実感が味わえる。長い記者生活でいくつもの特オチという弾を食らい、身も心も消耗する。誤報で自爆する記者もいる」。

「『それは驕りだよ。今時、新聞はみんなが読んでるなんて思ってるのは、新聞社の人間だけだ』。『影響力がるとは思ってません。部数だって減っているのは分かっています。それでもまだ読んでくれている人はいます。私たちが取材しなければ、その読者は知ることはできません』」。そのとおりだ。新聞、頑張れ!

「(誤報の後)外山は次長職を外され、関口は地方に飛ばされた。だが受けた屈辱というのは、本社に残った外山の方がはるかに大きいとその後に痛感した。なにせ同じ紙面作りに関わっておりながら、責任をすべて外山に押し付け、火の粉のかからないところから好き勝手なことを言う連中が、社内には掃いて捨てるほどいたからだ。当時の社長や役員はそういう連中の話ばかりを聞き、外山の主張には耳を傾けようとしなかった」。

「豪太郎の基準ではそうなのだろう。夜回りをしたところで、門の外で他紙に混じって話を聞くだけでは豪太郎は取材と認めない。最低でも一対一で話し、早いうちに家の中に入れてもらえ。そこまで打ち解けて会話をすることで、ようやく向こうもネタを教えてやろうという気になるんだ――警視庁(担当)時代のマツパク(松本博史)は、いつもそう豪太郎から叱られていた」。

「『それはやっぱり、俺たちは新聞記者だからだよ。ジャーナリストのように、時間をかけて、相手の懐に深く入り込んで、すべてを聞き出すことも大事だけど、俺たちには締め切りがあって、毎日の紙面も作らなければいけない。きょうはネタがありませんと言って白紙の新聞を出すわけにはいかないからな。『時間をかけず』かつ『正確に』と相反する二つの要素を求められる』」。

「書けばせっかく築いた山上との関係が潰れてしまうかもしれない。それでも豪太郎は記事にするしかないと思っていた。新聞記者に武器があるとしたらそれは書くことだ。取材相手にしてみたら、教えても許可なしには書かない記者の方が安心して何でも話せるに違いない。だが今まで取材相手に対して、書かないと約束して質問したことはなかった。言っても今日のように『しばらく待ちます』程度だ。書くから記者だ。そして書くために質問している。取材相手にしても、書かれる可能性があるからいい加減なことは口にしないのであって、通常の取材とオフレコ前提の質疑応答とでは、緊迫感も発言への責任も異なる。いつでも書くぞという姿勢を見せつけるからこそ、記者は真実を掴むことができるのだ」。

「(豪太郎の)父は気概がなければ本当のジャーナル(夕刊タブロイド紙の記者だった父は、自分がジャーナリストと名乗るのはおこがましいと、「ジャーナル」と自称していた)は貫けないと考えていたのだろう。だから取材相手に屈することもなければ、妥協することもなかった。魂の消えた記者の書いた記事など、読者がいち早く感づいてしまう」。

「『取材して真実だと思えばそれを書けばいい。嘘だと思ったら何度も食い下がって本当のことを言うまで聞き続けろ。しまいには向こうも音を上げて真実を話し出す』」。

「関口は支局にいた頃から、警視庁(担当)キャップだった外山に偉そうな口を利いてくるような男だった。外山がデスクに昇格してからも、幾度となく衝突した。デスク命令だ、言うことを聞けと頭ごなしに命じ、それが功を奏したこともある。だが命令を聞かずに関口が勝手に動き、スクープを取ってきたこともある。そんな時の関口は、外山に話しかけてくることもなく、したり顔をしていた。支局をたらい回しにしたことで、関口の存在を頭の中から消したつもりだったが、ヤツは甦った。事件が関口を生き返らせたのか、それとも関口が自力で生き返ったのか・・・いずれにしても今の外山の警戒心はかつてないほどだ。デスク席の電話が鳴るたびに、さいたま支局からではないかと肝を冷やす。俺はもしかして重大な選択ミスをしたのではないか、と思った。柳澤が言っていたように上手く関口を手なずけ、身内に入れるべきだったのではないか。辻本などではなく、関口を・・・。しかし、そう考えたところで、関口が外山の指示通りに動いている姿など想像ができなかった」。

「『私は新聞記者はまだ世の中に必要だと思っています。ネットが出てきて、もはや新聞に速報の役割が消えたのは事実ですし、購読者も減っています。だけどどんなに伝達ツールが発達しても、現場に出向いて、自分の目と耳で確認する記者がいなければ、間違った情報も拡散されていきます』。『そうですよ。今はポータルサイトのボトムラインで事足りるって言われますけど、それだって新聞から貰ったり買ったりしているものが多いんですから』」。

「社会部員の中で、本気で政治部と張り合おうとしているのは、外山のように社の天辺を目指しているほんの一部だけだ。多くの部員は、将来経営者側になるのは政治部出身がほとんどだから、彼らに疎まれることなく上手に付き合っていきたいと考えている」。

「『まったく、おまえは頑固だな、ネタを持ってくる記者なんてのは、どいつもこいつも自己中心的で上司の言うことも聞かずに突っ走るヤツばかりだぞ。そういう記者を上手に使うのも有能な管理職じゃないのか』」。

「『部長、うちの新人が、堅物の刑事に食い下がって、現場で引っ張ってきたネタです。東京の大学生逮捕がトップで構いませんから、こっちの記事も負けないくらいデカく扱ってください!』」。

「これほど残虐な事件なのだ。三人もの女の子の命が奪われ、二人の少女は奇跡的に助かったものの心に深い傷を負った。一生消えない傷だ。そして家族もまた、少しでも娘の心から傷が消えてほしいと願い、日々苦しみと戦っている。七年に亘る一連の事件を忘れさせないためには、読者の目に一瞬で留まり、記憶の奥底に刻みこまれるほどインパクトの強い紙面にしなければならない・・・そう思いを込めて作ったつもりだった」。

推理小説+仕事小説であるばかりでなく、本作品は新聞讃歌、新聞への応援歌でもあったのです。