榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

アルツハイマー病のアミロイド仮説に止めを刺す・・・【薬剤師のための読書論(30)】

【amazon 『アルツハイマー病の謎』 カスタマーレビュー 2018年7月11日】 薬剤師のための読書論(30)

アルツハイマー病の謎――認知症と老化の絡まり合い』(マーガレット・ロック著、坂川雅子訳、名古屋大学出版会)は、アルツハイマー病(AD)を巡る、かなり専門的な書物である。

本書では、●過去40年に亘り、AD研究において支配的なパラダイムであり続けた、局在論に基づくアミロイドカスケード仮説が、現在も幅を利かせていること、●1980年代に「軽度認知障害(MCI)」という臨床診断が行われるようになったが、現在でも専門家の間では異論があること、●ADの行動上の徴候や記憶喪失が検知される前に、前駆症状を診断することができること、●アポE4などADの遺伝子検査の価値は疑問であること、●ADの研究対象を遺伝子そのものではなく、より広いゲノミクスとエピジェネティクスの分野にシフトしようとする動きがあること、●高齢化の進展に伴い、老化とADに対する公衆衛生学的アプローチが必要とされていること――が述べられている。

「ジュリー・ウィリアムズがとくに注目した研究結果は、ADを引き起こす遺伝子の働きに免疫や炎症が関わっていることを強く示唆するものである」。「非常に多くの『正常な人々』がアミロイド斑をもっている。アミロイド斑はリスクファクターではあっても、決定的な要因ではない」。

「遺伝子と環境の多様性をもっと認識する必要がある。・・・遺伝子のみに焦点を合わせたものから、細胞にも焦点を合わせたものに変化していっている」。

「予防への動きがクロースアップされてきている現在、たしかにアミロイド仮説は、打ちのめされ、傷つけられてはいるが、それでも今のところ、依然として重要な仮説でありつづけているのだ。ただし研究者たちは、この古くなりつつある仮説には、修正の必要があると考えるようになってきている」。「事実上100年間変更されなかった、ADの神経病理学的診断基準は、修正を必要とするであろう。要するにアミロイド斑は、AD現象の最初の徴候ではないのかもしれないのである」。

「遅発性ADは、単なる正常な老化の極端な形なのかもしれない。もしそうだとすれば、すべての人間に、ADを発症する素質があることになる。我々のモデルにおいては、エピジェネティクス的効果は、一生のあいだで、とくに、その制御が老齢のために弱まるころにはっきりと現れてくる」。「遺伝子の希少変異が次々に見つかっていけば、いずれは、ADシンドロームにおける非常な複雑さの、さらに驚くべき証拠が提供されることになるだろう」。

「テクノロジーの発展によって、より深い探索が可能になり、アミロイドが、実際にADと関連のある神経機能障害を引き起こしているのかどうかを疑問に思う研究者の数が増えてきており、事態はますます複雑になっている。・・・脳の構造の変化は、アミロイド沈着の始まりと同じ時期に、ある場合にはそれより早く起こることが示されている」。「分子的アプローチに最もコミットしている研究者たちでさえも今は認めているように、もし(AD用)薬剤の失敗が、この分野を悩ませつづけるとすれば、アミロイド仮説は、きびしく修正されるか、完全に撤回されなければならないわけだが、今までアミロイド斑や神経原線維変化が注目されてきた陰で、その重要性がつねに二次的なものとして考えられてきた細胞消失に注意を向けた、目下進行中の動きは、急速にアミロイドカスケード仮説の修正をもたらす可能性がある」。

「必要とされるのは、ADへの分子的なアプローチではなく、主として家族やコミュニティが、行政機関の支援を受けながら、認知症の罹患率を減らし、あるいは、少なくとも、その進行を遅らせることに努めながら、老化の現実に取り組むようなアプローチであろう」。