榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

あなたが負け組なら、思い切った手で逆転しよう・・・【MRのための読書論(102)】

【Monthlyミクス 2014年6月号】 MRのための読書論(102)

山奥の地酒が日本一へ

MRは言うまでもなく組織の一員であるが、その発想と行動において個人事業主的な才覚が必要となる場面が意外に多い。この意味で、『逆境経営――山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法』(桜井博志著、ダイヤモンド社)は、非常に参考になる。

「獺祭(だっさい)」という日本酒が、老若男女を問わず人気を集め、純米大吟醸という分野で出荷数量全国一となっている。山口県の山奥にある小さな酒蔵の製品であるが、父親から勘当されていた著者が、父の急逝に伴い旭酒造の三代目社長を継いだ時、同社は極端な経営不振に喘いでいて、「それはもう、死ぬか生きるか、というどん底からの重く苦しいものでした」。

「死ぬか生きるか――だったら、やれることをやってみよう。目の前にある常識をすべて疑い、まったく新しい旭酒造に生まれ変わろう。瀕死の状態ならば、失うことを恐れる理由などない。山奥の小さな酒蔵の三代目は、背水の陣で何もかも変えることを決めたのです」。

負け組なればこそ

「酒造りは一般的に、製造最高責任者である杜氏と、その下で働く蔵人たちの職人集団で行われ、オーナーかつ経営者である蔵元は関わりません。杜氏は農家などによる完全な請負業で、仕込みは本業が暇な冬季に限定されるので、農閑期に入る雪国や山村からの出稼ぎ兼業が大半です」。著者は、無謀というか大胆というか、杜氏に頼らず、自分と社員だけで酒を造ることを決断する。しかも、最高品質の酒米である山田錦だけを使った、最高品質の日本酒である純米大吟醸しか造らない、精米歩合23%という極限値まで米を77%削る――という方針の下、日本で一番よい酒、美味い酒造りを目指したのである。思い切って杜氏制を廃止し、製造経験ゼロの社員4人と著者だけで酒造りを始めたため、杜氏の経験や勘の代わりに数々のデータを重視する科学的な酒造りに転換することになった。この結果、冬場だけでなく一年を通じて酒を造る「四季醸造」が可能になったのである。この四季醸造は、設備投資が必要になるものの、製造量を大幅にアップさせることができる。

「(国に)対等な土俵で戦える条件にさえしていただければ、必ず日本酒は、世界中の酒の市場でそれなりの地位を得られるものと確信いたしております」と、著者は、世界を席巻しているワインとの競争に並々ならぬ闘志を燃やしている。

MRへのヒント

本書からMRが学べることは多い。
●追い込まれてこそ、行くべき道が見える。
●売り上げ目標ではなく、夢の実現を目指す。
●70点を目指すのではなく、120点の酒造りに拘る。
●従来策の梃入れは、既存路線の延長に過ぎない。
●捨てる勇気を持つ。
●弱みを強みに――発想を転換する。
●数字だけでなく事実に照らして判断する。
●「できること」と「やるべきこと」を履き違えない。
●常識や慣習に囚われない。
●定説は自ら試して検証する。
●仕組みが駄目なら、自分で変える。
●一所懸命頑張る必要のない仕組みを作る。
●投資と知恵は工夫で捻り出す。
●伝統には拘るが、手段には拘らない。
●一時的なブームに翻弄されない。
●発信しなければ伝わらない。
●自分の信じる「よさ」は変えずに、伝え方を考える。
●打席に立ったからには、思い切りバットを振る。
●人との繋がりは物理的な距離を超える。

――獺祭を飲みながら、負け組から脱出する方策をじっくり考えるというのはどうだろうか。一方、勝ち組を自認している向きは、本書を参考に、米ならぬ戦略・戦術を磨き上げてはいかが。