榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

歴代官房長官のベスト3は誰だ・・・【山椒読書論(472)】

【amazon 『官房長官 側近の政治学』 カスタマーレビュー 2014年8月8日】 山椒読書論(472)

政界ではないが、伝統ある東証一部上場企業で権力中枢の実態や派閥の盛衰を間近で見聞・体験した身には、『官房長官 側近の政治学』(星浩著、朝日選書)は興味深い一冊であった。

「官房長官は、首相の『側近』『女房役』『番頭』とも言われ、その内閣の『顔』でもある。政権与党や霞が関の省庁との調整も、官房長官の大きな役割だ。その力の源泉はどこにあるのか、歴代官房長官はどのような政治家たちなのか、そして『側近』の魅力とはなにか。さらに『上司』である首相とはどんな関係になっているのか」。このような問題意識のもと、長く朝日新聞の政治記者を務めた著者が、歴代官房長官の核心に迫っていく。

「首相の持つ解散権、人事権、予算編成権・・・そうした強力な権限を持つ首相に、あらゆる局面で助言し、支えるのが官房長官である。つまり、『最大の権力者の最側近』、それが官房長官の強さの秘密と言ってよいだろう」。

「首相と官房長官との間合いを考える時に、いつも出てくる言葉が、官房長官が抱く『首相への誘惑』である。毎日、首相を近くから見て、『俺もいつかは首相に』と思うのは政治家にとって当然のことだろう。『このくらいの首相なら、俺にも務まる』と考える官房長官が出てくるのも、プライドの高い政治家の中では自然のことかもしれない。これはトップと二番手や側近との間では、社長と副社長や専務、理事長と副理事長や専務理事など、どんな組織でも見られる現象である」。

興味深い内容が満載であるが、とりわけ目を引くのは、著者の挙げる「名官房長官ベスト3」である。第1位に輝いたのは、私の予想どおり、「情報の後藤田(正晴)」である。「警察庁長官、内閣官房副長官(事務)などを経験し、行政組織を知り尽くした後藤田が、まさに知恵袋として中曽根(康弘)政権を切り盛りしていったのである。・・・後藤田の妙味は、『タカ派』『風見鶏』と呼ばれ、必ずしも本流ではなかった中曽根首相を支えて、政権を安定させたことだ。・・・後藤田の優れた点は情報の収集力と分析力である。それは、最高権力者である首相を支える側近に最も求められる能力といってよいだろう」。

「内務省、警察庁長官といったキャリアから『タカ派』の代表と見られていた後藤田だが、実際には自らの戦争体験から、日本の防衛力強化や自衛隊の海外派遣には極めて慎重な意見を持っていた」。後藤田が現在の安倍政権の猪突猛進ぶりを見たら、何と言うだろうか。

第2位は、意外なことに、「バランスの福田(康夫)」となっている。「官房長官の仕事は、諸外国と日本、各省庁、与野党といったプレーヤー同士のバランスを取ることでもある。その点で、福田のバランス感覚が官房長官に適していたといえるだろう。その福田の持ち味を見抜いて、使い続けた小泉(純一郎)の眼力と胆力も評価されてしかるべきだろう」。著者の小泉評価には賛成だ。

第3位には、「ペースチェンジの大平(正芳)」がランクされている。

「安倍晋三が二度目の首相に返り咲いたときに官房長官として政権運営を担うことになった菅義偉(すが・よしひで)は、従軍慰安婦問題についての河野洋平官房長官談話や日本の戦争責任を明確にした村山富市首相談話などの見直しに動こうとする安倍を諌め、経済再生に政権のエネルギーを注入すべきだと進言。安倍も受け入れ、政権発足直後はアベノミクスの成果を出すなど、大平に劣らずベスト3に入る力量があるが、その評価には、しばらく時間を要するだろう」。菅については、私も同感である。

さらに、「官房長官に不向きの3人」にも触れており、これが滅法面白い。「小沢一郎、小泉純一郎、菅直人である。自分の考えを抑えて首相に仕え、調整役に徹しなければならないという点で、3人は不向き」というのだ。

巻末の菅義偉へのインタヴューには、現役の官房長官ならではの生々しい発言が含まれている。

――政権発足から1年数カ月になりますが、官邸が放っておいたら役所が勝手をしたというような経験はありますか。「まあ、役所は本当のことを言わないところが結構ありますよね。たとえば東日本大震災の被災地の防潮堤。私が就任したとき、地方からも地元の方からも、こんなに高いものは必要ないという話がかなり来ました。復興庁の幹部を呼んで聞くと、『これは関係の県で決めてやっていることですから、私たちにはなかなか言えない』などと言う。しかし実際には中央の役所が決めている」。

――総理に苦言を呈するとかそういう場面もありますか? 「苦言ということではないのですが、たとえば特に歴史認識とか国会で論議をしていて、総理の意図するところが伝わらない部分が、新聞などに報道されたときに、『これちょっと訂正しますから』とか、私が総理に言いに行きます。『私の会見で直しておきますから』と。総理は非常にわきまえているというんでしょうか、『そこは、頼むっ』という感じです。総理が踏み込んだとき、これは変に伝わっちゃまずいというときに『私がこう言っておきますから』という呼吸ですね」。

本書は、単なる官房長官物語に終わらず、戦後の歴代「官房長官を通じてみた日本政治」史たり得ている。