榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

心のもやもやがスカッと一掃される痛快小説・・・【山椒読書論(278)】

【amazon 『私にふさわしいホテル』 カスタマーレビュー 2013年9月13日】 山椒読書論(278)

私にふさわしいホテル』(柚木麻子著、扶桑社)は、心のもやもやが一掃され、スカッと胸がすく小説である。

物語は、作家志望の「私」の憧れの「山の上ホテル」で幕を開ける。因みに、東京・御茶ノ水の山の上ホテルは、こぢんまりとしているが、川端康成、石坂洋次郎、高見順、井上靖、松本清張、池波正太郎、檀一雄、吉行淳之介、三島由紀夫、山口瞳らに愛されたホテルである。「このホテルの力を借りて、初の長編小説を書き始めなくては。本腰を入れて、自分の力量と向き合うべき季節が来たのだ。今度こそ、世間にこの輝く才能を、そう、少女のままの繊細な感性と戦慄を覚えるほどの鋭い観察眼を見せつけてやる――」。

「私」こと中島加代子は、相手が大先輩作家であろうと、一切容赦をしない。「この一年、私は東十条(宗典)の作品を数多く読み、改めて彼への敵意を強めていた。百万回聞いたようなことを書き散らしたエッセイ、セックスの描写のあちこちに見え隠れする強烈なミソジニー、行間に漂う発想の古さとせせこましさ。過去の栄光にあぐらをかいた大御所なんかに、絶対に負けるもんか。第一、私のような不遇の新人を力で押さえつけようとするなんて、成功者としては絶対にやってはいけないことだ」。

大学のサークルの先輩で、現在は大手出版社の遣り手の編集者である遠藤道雄は、加代子の根性と作家としての可能性を認めている数少ない人間である。「加代子はあの頃と少しも変わらない。不器用そうに見えて、実は誰よりも抜け目がない。自分のことしか考えていないくせに、変なところでお人好しだ。一見頼りないが、決してあきらめるということがない。無名とはいえ、作家になる夢をちゃんと叶えた努力と情熱は、後輩ながらあっぱれと思う」。

「下積み時代は、とにかく小説家デビューさえできればそれでいいと思っていた。単行本デビュー前はたった一冊でいいから自分の存在証明である作品をこの世に出せれば本望と思っていたし、処女作を出した後は重版さえかかるなら後はもう何もいらない、と歯をくいしばって頑張った。そして、いざ本がちょっぴり動き出すと、今度は玄人筋からの敬意や評価が欲しくてたまらない。もっともっともっと――。いつから私はこんなに欲深くなったのだろう。ほんの少し前までは自腹で山の上ホテルに泊まって、作家気分を味わうことでささやかな幸せを感じていた、健気なウエイトレスだったのに。あの頃に戻ったほうがいいのかな・・・。いやいや、あんな惨めさは二度と味わいたくない」。ここまで作家としての本音を吐き出してしまっていいのだろうか。他人事ながら、心配になってしまう。それにしても、作家たちがアマゾンのレビュー(書評)や読者メーターの感想をこれほどまでに気にしているとは、意外であった。

本書は、さまざまなハンディキャップを抱えた女性が、何度も壁にぶつかりながら、己の腕一本と奇想天外なアイディアでのし上がっていく痛快なサクセス・ストーリーであると同時に、執念深い復讐物語でもある。

その上、随所にユーモアがしっかりとまぶされている。

「現に才能があって努力しても一生、スポットが当たらない人間はたくさんいる。そして、なんの力もない人間が、コネや政治(力)のおかげで表舞台に立つことができる。本当にこの世は不公平。でも、そんな既存のルールに負けちゃいけないんですよ。スポットが当たらなかったら、スポットの前に飛び出せばいい。そう、それが成功する最速のルール!」。まさに、そのとおりだ。これから先、嫌なことがあったり、落ち込んだりしたときは、解毒剤代わりにこの本を読み返すことにしよう。