運動が脳を強化するという実験結果は正しいのか・・・【MRのための読書論(45)】
MRと運動
MR活動で忙しい毎日を送っているMRは、普段、特別な運動をする時間的余裕がないかもしれない。ところが、ハーヴァード大学医学部臨床精神医学准教授が著した『脳を鍛えるには運動しかない!――最新科学でわかった脳細胞の増やし方』(ジョン・J・レイティ、エリック・ヘイガーマン著、野中香方子訳、日本放送出版協会)には、驚くべきことが書かれている。
運動と脳
アメリカ、イリノイ州のネーパーヴィル・セントラル高校で17年間、実施されてきた「0時限体育」は、授業前に運動することによって、生徒たちの健康だけでなく、学業成績も目覚ましく向上させるという結果をもたらしたというのだ。
脳についての研究は、近年、革新的な進歩を遂げつつある。運動は単に心の準備を整えるだけでなく、細胞レベルで学習に直接影響し、新しい情報を記録し分析する脳の機能を高めていることが分かってきた。私たちの思考や行動や感情は全て、脳細胞、すなわち神経細胞(ニューロン)同士の繋がり方によって決まる。さらに、私たちの思考や行動や環境がニューロンの繋がり方にフィードバックされ、それを変えていく。脳の配線は、かつて科学者たちが考えたように固定されているのではなく、絶えず繋ぎ直されているのだ。ニューロンからニューロンへと情報を伝えているのが、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの神経伝達物質である。運動は脳の中の神経伝達物質と、そのほかの神経化学物質のバランスを保っているのだ。
神経伝達物質同様、重要なものとして、脳由来神経栄養因子(BDNF)というタンパク質や、インスリン様成長因子(IGF-1)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF-2)などのホルモンがある。BDNFがニューロンの回路、すなわち脳のインフラを構築・維持し、これらのホルモンがそのプロセスを手助けする。そして、運動は脳の至る所でBDNFやホルモンを増やす。一言で言えば、運動には学習に適した脳内環境を作り出して、人間の精神状態を改善する力があるということだ。
著者は、このほか、ストレスを強く感じている人、鬱病、注意欠陥・多動性障害、ニコチンやアルコール依存症、月経前症候群(PMS)、加齢対策などにも、運動がどれほどよい影響を与えるか、数々のエヴィデンスを挙げている。
進化と運動
一般的には、運動するのは健康のためと考えられているが、著者は「運動の第一の目的は、脳を育ててよい状態に保つことにある」と断言している。脳にとって運動がそれほど大切なのはなぜか。それは人類の進化に関係している――人間の脳が発達したのは、厳しい環境で獲物を追い、巧みに捕らえ、生き延びていくためだった。私たちの遺伝子には狩猟採集の行動様式がしっかり組み込まれている。従って、その活動を止めてしまうと、10万年以上に亘って調整されてきたデリケートな生物学的バランスを壊すことになる――というのだ。体と脳をベストの状態に保ちたいなら、この歴史の長い代謝システムをせっせと使うべきだ、遠い祖先の日常の活動を真似せよ、というのが著者のアドヴァイスである。
運動の種類
では、脳にとって、どんな運動が一番よいのか。ウォーキング(低強度)でも、ジョギング(中強度)でも、ランニング(高強度)でも、水泳でも、サイクリングでも、楽しく汗を流せることなら何でもよい、とにかく何か体を動かすことに夢中になってほしい、と著者は述べている。これまであまり運動をしてこなかったのであれば、ウォーキングから始めることを勧めている。
運動は脳の機能を最善にする唯一にして最強の手段だということは、何百という研究論文に基づいており、その論文の大半はこの10年以内に発表されたものだという。その一例として、ヒトの脳におけるニューロン新生の証拠が初めて見つかったのは2007年のことに過ぎないという実例が挙げられている。
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