榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

弱小動物園に奇跡をもたらした男の軌跡・・・【リーダーのための読書論(5)】

【医薬経済 2007年8月1日号】 リーダーのための読書論(5)

<旭山動物園>革命』(小菅正夫著、角川oneテーマ21)の著者・小菅正夫は、3つの点で凄い男である。

第1に、ハンディだらけの弱小動物園を人気動物園に変身させたことが凄い。旭山動物園は、日本で最北に位置し、1年の半分近くを雪に閉ざされ、交通の便も決していいとは言えない。しかも、上野動物園のパンダのような「珍獣」もいない。150種近い動物がいるが、どこの動物園でも見ることができる動物がほとんどである。

このような環境だから、1996年には入園者が過去最低の26万人にまで落ち込み、廃園の危機を迎える。しかし、小菅は踏ん張り、2004年には過去最高の145万人が来園する人気動物園に変身させるという離れ業をやってのけたのである。

月間の入場者数で上野動物園を上回り、「日本一の動物園」、「日本一の動物園長」としてマスコミで話題になったことは記憶に新しい。

第2に、公立動物園のサラリーマン園長でありながら、動物園のスタッフ全員の得意技を結集するのみならず、旭川市長の支持を勝ち取り、さらに園内の動物たちにまで協力させてしまったことが凄い。小菅は、「動物園として不利な条件も、知恵を絞れば克服できるはずだ。むしろ、このことを逆手に取って、マイナスをプラスに転換することができる」とスタッフたちを励ましたのである。

小菅の目的は、動物たちの生活が単調にならないような飼育環境にしたい、そして、動物たちの自然の姿を来園者に見せたいというものであった。失敗と成功、その試行錯誤の中で辿り着いたのが、異種の動物を同居させる「共生展示」であり、それぞれの動物が持つ最も特徴的な動きなどを見せる「行動展示」である。「行動展示」は、水中をもの凄いスピードで泳ぐペンギンの姿がまるで空を飛ぶように見える「ぺんぎん館」、透明な円柱のトンネルをアザラシが愛嬌たっぷりに、そして気持ちよさそうに泳ぐ「あざらし館」、大きなプールに豪快にダイビングする様子がガラス越しに見られる「ほっきょくぐま館」、地上17mの場所に取り付けられた水平のロープに片手で掴まりながら「空中散歩」するオランウータンの姿が見られる「おらんうーたん館」として結実する。これらは、小菅やスタッフたちが頭だけで考えたものではなく、園内にいる野生動物と向き合うことによって、動物から教えられたことがほとんどだと、あくまで謙虚である。

第3に、これほど大きな成功を収めたにも拘わらず、安住することなく、さらに上の次の段階を目指していることが凄い。

小菅は今西錦司に私淑しており、今西の「棲み分け理論」を旭山動物園で実現しようとしているのだ。ゾウとペリカン、キリンとホロホロチョウ、クモザルとカピバラ、それぞれが互いの存在を意識しつつも、争わない。動物はすべて「棲み分け」で自然を共有し、共生している。そんな姿を動物園という器で何とか見せたいというのだ。自然界には、動物園のように1種類の動物だけで生きているものはない。1種類だけで固まって生きるというような変わったことをしているのは、人間ぐらいだ、だからいろいろなひずみが出てくると手厳しい。

小菅が敬愛する生態学者・人類学者、今西錦司の「棲み分け理論」、「今西進化論」は、『進化とはなにか』(今西錦司著、講談社学術文庫)、『ダーウィン論』(今西錦司著、中公新書)に詳しい。