ナポレオンが恐れたフーシェという男・・・【リーダーのための読書論(6)】
ジョゼフ・フーシェという驚くべき人物に初めて出会ったのは、40年前、杉並区立図書館の一室でのことであった。『ジョゼフ・フーシェ』(シュテファン・ツワイク著、高橋禎二・秋山英夫訳、岩波新書、後に岩波文庫。出版元品切れ)から立ち現れたフーシェは、蒼白い顔をした、爬虫類的な、徹底した現実主義者であった。当時、世間知らずで理想主義に燃えていた若者にとって、情勢判断が的確で、先見性があり、頭の回転が速く、変わり身も速く、したたかで、抜け目のないフーシェの生き方は衝撃的であった。
フーシェがしたたかさを発揮できたのは、いや発揮せざるを得なかったのは、彼が生きた時代と大いに関係がある。なぜなら、フランス革命期というのは、価値観が逆転、再逆転、また逆転、再逆転するという、世界史でも稀に見る大変動期だったからである。
フーシェは、船乗りの家に生まれたが、虚弱だったので神学校に入り、物理と数学の教師になる。フランス革命の勃発を知るや政治活動を始め、国民公会議員に選出される。国民公会で国王ルイ16世の処刑に賛成票を投じ、反革命の反乱が生じたリヨンに派遣されると、徹底的な武力鎮圧方針を取って多数の反革命派を処刑し、「リヨンの霰弾乱殺者」と恐れられる。その後、当時最大の実力者で、反対者を次から次へと断頭台(ギロチン)に送るという恐怖政治を行っていたマクシミリアン・ロベスピエールに睨まれて自分の身が危なくなると、その打倒のために暗躍し、逆にロベスピエールを断頭台に送ってしまう。1年後に成立した総裁政府の警察大臣になるが、ナポレオン・ボナパルトが総裁政府を倒すために起こしたクーデタを助け、ナポレオンの下で10年間、警察大臣として辣腕を振るい、精緻な秘密警察網を作り上げる。
フランス有数の金持ちになり、オトラント公爵となるが、やがてナポレオンと対立し、その敵であるルイ18世の王政復古に協力し、その下で警察大臣になる。流されていたナポレオンがエルバ島を脱出し、皇帝に復帰するや、その警察大臣になる。フーシェに見放されたナポレオンの百日天下が終わると、ルイ18世を迎え入れ、その警察大臣になる。しかし、王政下で、かつてルイ16世の処刑に賛成したことを蒸し返されて国外に追放され、4年後に61歳で死去。
フーシェとナポレオンの微妙にして奇妙な関係を、ツワイクはこのように描いている。「ナポレオンは嫌々ながらフーシェを用いたのである。・・・この男は今まで数多くの者をいざという時になって見捨て裏切ってきているからには、それと同じ手で、危急存亡の瞬間に、自分を猫の死骸のようにほったらかして、見殺しにするだろうということが、分かっている。しかし、彼にはこの男が要るのだ――ナポレオンがその天才によってフーシェを魅惑していたと同じに、フーシェが役に立つということが、相変わらずナポレオンにとっては魅力なのだ。・・・なぜなら天才の最も堪えがたい代物は凡庸であるからであって・・・忠実にして無能な人々よりも、むしろこの賢明にして信任しがたい男を用いたのである」。
『ナポレオンに選ばれた男たち』(藤本ひとみ著、新潮社)は、「同僚より出世の遅れた男」、「対抗馬と見なされた男」、「女房に浮気をされた男」など、ナポレオンの部下たちが人生の苦境をいかに脱したかが描かれているので、私たちにも参考になる。
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