身長1mの新種人類発見の衝撃・・・【リーダーのための読書論(21)】
2004年10月、世界で最も権威のある英国の学術雑誌「ネイチャー」に掲載された一つの論文が、世界に衝撃を与えた。インドネシアのフローレス島で発見された新種の人類、ホモ・フロレシエンシス(通称ホビット)は、1mほどの身長とチンパンジー並みの脳の容量ながら、石器を用い、火を使い、小型ゾウ、ステゴドンを共同で狩っていたというのだ。しかも、わずか12000年前まで、フローレス島で生存していたというのだ。
『ホモ・フロレシエンシス――1万2000年前に消えた人類』(上・下巻、マイク・モーウッド、ベニー・ヴァン・オオステルチィ著、馬場悠男監訳、仲村明子訳、日本放送出版協会・NHKブックス)は、この新種の発見者であるオーストラリア考古学者の手に成る発見に至るまでの冒険に満ちた記録である。また、これを新種と認めようとしない学者たちとの人間臭い闘いの記録でもある。
この発見が衝撃的なのは、人類進化史の常識を根底から覆す可能性を秘めているからだ。500万年前にアフリカで誕生した人類、アウストラロピテクスの仲間が200万年前にホモ属に進化し、180万年前にホモ・エレクトスがアフリカを旅立ち、東アジアにはその子孫のホモ・エレクトス・ペキネンシス(北京原人)が、東南アジアにはホモ・エレクトス・エレクトス(ジャワ原人)が、そしてヨーロッパにはホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)が住んでいたが、やがて、これらの初期人類はすべて絶滅する。そして、20万~15万年前にアフリカで誕生した私たちの祖先、ホモ・サピエンスの一部が7万~6万年前にアフリカを旅立ち、世界中に広がったというのが、現在、遺伝子(ミトコンドリアDNAとY染色体DNA)の証拠に基づき広く認められている「出アフリカ起源説」である。
この「出アフリカ起源説」を詳しく知るには、『人類の足跡10万年全史』(スティーヴン・オッペンハイマー著、仲村明子訳、草思社)が最適である。アフリカを出たホモ・サピエンスは、いかにして世界の果てまで辿り着いたのか。最新の遺伝子学、化石記録、気候学を縦横に駆使し、出アフリカ後の人類の壮大なドラマが明らかにされている。
ところで、このホビットは、人類進化史のどこに位置づけたらよいのか。ジャワで発見されたジャワ原人がフローレス島に渡って小型化し、ホビットになったという説が成り立たないことははっきりしている。ホビットは、アフリカで誕生した最も初期の人類、アウストラロピテクス属の身長、脳の大きさ、体の比率と、初期ホモ属の歯と顔の構造、そして全く独自のいくつかの特性を持っているからだ。すなわち、ホビットはアウストラロピテクス属とホモ属の両方の特徴を有しているのだ。著者は、アウストラロピテクスの仲間から直接進化した最初期のホモ属が、長期に亘り大陸や他の島々から隔てられたフローレス島で環境に適応するために独自の進化を遂げたと考えている。この仮説が正しいか否かは、今後の研究の進展が明らかにしてくれるだろう。
この仮説は非常に重大なことを意味している。人類進化史の最も基本的な2つの前提、すなわちホモ属はアフリカで誕生した、そして初期ホモ・エレクトスは180万年前にアフリカを離れ世界に拡散したという定説に、真っ向から逆らうことだからである。
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