編集的読書術か功利主義的読書術か・・・【リーダーのための読書論(34)】
読書術の本が巷に氾濫しているが、なるほどと思える本には滅多に出会えない。ただし、このユニークな2冊は、期待を裏切らず、よき道標となってくれる。
『多読術』(松岡正剛著、ちくまプリマー新書)では、その読書量の膨大さで知られる松岡正剛が編集者のインタヴューに答えて、体験に基づいた「編集的読書術(読書は編集である!)」を縦横に語っている。
●読書というのは、そもそもマゾヒスティックなもの。だから、「参った」とか「空振り三振」も大事。分かったふりをして読むよりも、完封されたり脱帽したりすることで、読書力がついてくる。●本はパンドラの箱。読書によって、そのパンドラの箱が開く。伏せられていたものが、自分の前に躍り出てくる。こちらが無知だからこそ読書は面白い。無知から未知へ、それが読書の醍醐味だ。●先ず目次を見て、ごくごく大雑把でいいから、その本の内容を想像することが大事。僅か3分程度のちょっとした我慢だから、誰にでもできる。●自分の気になることがテクストの「どの部分」に入っているのか予想しながら読む。●読みながら、ここだと感じた箇所はマークしておく(著者の方法とは異なり、私は小さな付箋を愛用している)。●気に入った箇所をノートに書き写す(私も長年実行しているが、実に効果的!)。
『功利主義者の読書術』(佐藤優著、新潮社)では、インテリジェンス(諜報)の専門家である佐藤優が、自ら実践している「功利主義的読書術」を紹介している。
「論戦に勝つテクニック」、「実践的恋愛術を伝授してくれる本」、「『交渉の達人』になるための参考書」、「大不況時代を生き抜く智慧」、「人間の本性を見抜くテクニック」といった章のタイトルからも明らかなように、「役に立つ読書」に徹しているが、実用書やビジネス書は取り上げられていない。そのテクストに込められている叡智を読者自身が学びとるべきというのが、著者の基本姿勢である。
そのためには、識者たちから軽んじられている人物の作品であろうと、その評価を鵜呑みにすることなく、自分の目で確かめろと言うのだが、全く同感である。その好例として、「謀略論者」として括られてしまうことの多い小室直樹の1984年に上梓された『ソビエト帝国の最期――〝予定調和説〟の恐るべき真実』(小室直樹著、光文社。出版元品切れ)が挙げられている。
「ソ連脅威論が声高に叫ばれた時期に、ソ連が自壊することを小室氏は見抜いていた。小室氏の慧眼は日本の誇りである。それと同時に、小室氏は、ソ連崩壊の先のシナリオまで読んでいた。東西冷戦というイデオロギーの時代が終焉した後にやってくるのは、平和で安定した世界ではなく、資本主義大国間の抗争であり、帝国主義時代の反復ということだ。『強大なソ連があればこそアメリカは、大事な同盟国として日本を尊重しなければならないのである。日米間の摩擦が、ともかくもこの程度でおさまっているというのもソ連あればこそである』という小室氏の見立ては正しかったのだ。日米の競合に加え、中国もロシアも帝国主義化している。このような状況で国際情勢を見るためには、小室氏のような、表面的現象の後ろで歴史を動かす動因をつかむ洞察力が必要だ」。現役外交官として、ロシアという国と17年間、真剣に付き合ってきた佐藤の評価だけに説得力がある。
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