榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

マルクス、ケインズ、シュンペーター、どの経済学に軍配が・・・【リーダーのための読書論(35)】

【医薬経済 2010年2月1日号】 リーダーのための読書論(35)

世に経済学、経済学史の書はごまんとあるが、どれも、もう一つ分かり難い。専門書は言うまでもなく、入門書であろうと、マルクス、ケインズ、シュンペーターらの経済学のポイントを理解するのは容易でない。これらの悩みを一掃してくれるのが、『経済学をめぐる巨匠たち――経済思想ゼミナール』(小室直樹著、ダイヤモンド社)である。

経済学を生んだホッブズ、ロック、経済学の父と言われるアダム・スミス、「最大多数の最大幸福」を唱えたベンサム、最高の理論家・リカード、「資本主義が行き詰まった後には革命が起こる」と、資本主義から社会主義への移行を予言したマルクス、経済学を科学にしたワルラス、資本主義の精神を追究したヴェーバー、資本主義の「イノヴェーション(革新)」を主張したシュンペーター、マクロ経済学を打ち立てたケインズ、経済分析ツールを見出したヒックス、ケインズ経済学の最高の解説者・サミュエルソンのほかに、4人の日本人――高田保馬、大塚久雄、川島武宜、森嶋通夫――も取り上げられている。

著者は、カール・マルクスについて、「マルクスは歴史を動かした。マルクスが記した言葉と思想はロシア革命の原動力となり、その波は隣国の中国をも呑み込んだ。優れた業績を刻み、経済学の発展に貢献してきた学者は数々いるが、現実の社会にこれほど大きな影響を与えた経済学者はマルクスをおいて他にはいない」と評価する一方で、マルクス経済学は、今や「無惨にも没落してしまった」と手厳しい。そして、なぜマルクス経済学は滅んだのかが分かり易く説明されている。

マルクスがロンドンで客死した1883年に、20世紀前半の偉大な経済学者、ジョン・メイナード・ケインズとヨーゼフ・アロイス・シュンペーターが生まれているが、このライヴァルの2人は生涯、親しく交わることがなかった。ケインズ経済学は、一言で言えば、不況を克服するには政府による財政・金融政策で有効需要の不足を解消すべきという短期の理論である。一方、シュンペーター経済学は、創造的破壊、イノヴェーションによって不況脱出を果たし、経済成長を実現しようという長期の理論である。

著者は、経済学の基本は、市場は徹底して自由放任にすべきと主張する古典派経済学(因みに、著者は「新古典派」という曖昧な用語は一切使用しないと宣言している)と、政府による有効需要創出の必要性を説くケインズ経済学であるが、両派の長年に亘る論争は、未だ決着を見ていないと述べている。古典派経済学の対抗者として、たった独りで画期的な新しい経済理論を打ち立てたケインズは凄いが、ケインズの理論は後代の経済学者、サミュエルソンらが数式を使って説明してくれるまで、経済学者たちにとっても高度で難解なものであった。

シュンペーターは、資本主義の発展にとって不可欠なものはイノヴェーションであり、これが絶えると自由市場は活力を失い、資本主義は衰退して、遂には滅亡する、と記している。このイノヴェーションの担い手は、旧きを破壊し、新しきを創造して、絶えず内部から経済構造を革命化する、すなわち、創造的破壊を行うことのできるアントレプレナー(企業家)だと言うのだ。

数学、経済学、政治学、心理学、社会学に通じている著者・小室の語り口は明快で、小気味よい。